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【江川卓×遠藤一彦対談】「同学年だけど、ほかのピッチャーと比べようがないほどすばらしかった」 (3ページ目)

【カットされ続けた、記者会見の真実】

 江川さんといえば、どうしても避けられないのがプロ入り時のいわゆる『江川事件』と呼ばれる騒動だ。読売ジャイアンツへの入団をめぐる経緯は今も語り草になっている。遠藤さんも「いろいろな考え方の人がいるんだなと思って見ていました。われわれには報道されることしか耳に入ってこないし、そういう受け止め方になってしまっていた」というが、江川さんは""新事実"を明かした。

「本当は(会見で経緯を詳しく)表現していたんですけど、全部カットされていたんですよ」

 記者会見は20分間にわたって行なわれたが、江川が語った発言のほぼすべてがカットされていたという。残ったのは「興奮しないで」というひと言だけ。これがいかに誤解を招いたか、江川さんは淡々と、しかし確信を持って語る。

「カメラの人がセッティングをしていた時に、新聞記者の人だと思うんだけど、誰かがものすごい声で怒鳴ったの。『お前、この野郎』って言い方でもう喧嘩腰で、それで僕は『いやいや、興奮しないでやりましょうよ』って言ったところからカメラが回っていた」

 つまり、あの「落ち着いてください」「興奮しないで」というシーンは、文脈ごとカットされた"切り取り"だった。なぜそんな発言が出たのか、その直前の映像は流されることなく、結果として江川さんだけが不可解な発言をした人物として映り続けた。「そんな突然言わないでしょ、普通」と、江川さんは笑いを誘いながらも真実を語った。

【怪物は、いつも"文脈ごと"切り取られてきた】

 江川卓という投手は、球速も、記録も、騒動も、すべてが"文脈ごと"切り取られ、伝説化されてきた。170キロという冗談めかした数字も、記者会見の「落ち着いてください」も、――そのすべてには、語られなかった前後がある。

 遠藤さんが「憧れ」と語り、江川さん本人が笑いながら"真実"を解き明かすこの対談は、怪物の素顔に近づいた時間だったかもしれない。

【Profile】
江川卓(えがわ・すぐる)
1955年5月25日生まれ、福島県いわき市出身。作新学院高校1年の夏に完全試合。73年春夏甲子園出場、春は60奪三振の大会記録を達成。この年のドラフトで阪急に1位指名されるも法政大学に進学。法大では通算47勝(歴代2位)。紆余曲折の末、巨人・小林繁とのトレードで巨人入団。1年目は9勝10敗と負け越したが、2年目に16勝で最多勝、最多奪三振(以後3年連続)。3年目には巨人の優勝に貢献、MVPに。87年に現役引退。通算成績266試合、135勝72敗3セーブ、防御率3.02。

遠藤一彦(えんどう・かずひこ)
1955年4月19日生まれ、福島県西郷村出身。東海大学在学中はエースとして活躍。1977年に横浜大洋ホエールズからドラフト3位指名を受け入団。プロ1年目の終盤戦に11軍に昇格しプロ初勝利を挙げる。82年からは6年連続二桁勝利を達成。83年は最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞など、投手のタイトルをほぼ独占した。92年現役を引退。引退後はTBSテレビ・ラジオの野球解説を経て、 2000年~2003年まで横浜ベイスターズの1軍投手コーチを務めた。

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