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【高校野球】専大松戸・持丸修一監督が貫く"郷土愛と競争"の真意 「寮がないから負けたとは絶対に口にしたくない」

  • 高木遊●文 text by Yu Takagi

名将が語る「令和の高校野球」〜専大松戸・持丸修一監督

 3月19日に開幕した第98回選抜高校野球大会。指名打者制が導入され、7イニング制が検討されるなど、高校野球界は過渡期を迎えている。そんななか、長きにわたり指導者として実績を残してきた3人の名将に「令和の高校野球」について語ってもらった。最後に登場いただいたのは、4つの高校を指導し、この選抜も含めて13回の甲子園出場を誇る専大松戸・持丸修一監督。

選抜出場32校の監督で最高齢となる77歳の専大松戸・持丸修一監督 photo by Yu Takagi選抜出場32校の監督で最高齢となる77歳の専大松戸・持丸修一監督 photo by Yu Takagiこの記事に関連する写真を見る

【郷土愛を大切にしたい】

「いつも言っているように、寮生活や全国から選手を集めることは、ひとつも悪いことだとは思ってないんですよ。むしろ、どんどんやってくれと」

 そう語るのは、この春の選抜大会で最年長となる77歳の専大松戸(千葉)・持丸修一監督だ。チームには寮がなく、選手たちは全員が自宅から通っている。

 学校は千代田線の北松戸駅から徒歩10分と、比較的アクセスがよく、遠方からでも通いやすい環境にある。そのため千葉県外からは、東京東部や茨城南部の選手が多い。

「自分は、地元やその周辺の選手たちと野球をやりたい。昔よく言っていた"郷土愛"を大切にしたいというだけです。ほかの学校を否定するものではありません」

 さらに勝負師として、強い自負をのぞかせる。

「負けたからといって、寮がないからとか、全国から選手を集めていないからなどといったことは、絶対に口にしたくありません」

 今でこそ甲子園出場13回(竜ヶ崎一で2回、藤代で2回、常総学院で3回、専大松戸で6回)を誇り、多くの選手をNPBへ送り出してきた名将として知られる持丸監督だが、甲子園初出場を果たしたのは42歳の時。27歳から監督を務めていたことを考えると、じつに16年を要したことになる。

「生徒を信じず、自分が引っ張っていこうとしていたことが、大きな間違いだったのかもしれません。やはり『オレが、オレが』という気持ちがありました。でも、ある時期を境に、そう考えなくなりましたね」

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著者プロフィール

  • 高木 遊

    高木 遊 (たかぎ・ゆう)

    1988年生まれ、東京都出身。大学卒業後にライター活動を開始し、学童・中学・高校・大学・社会人・女子から世代別の侍ジャパン、侍ジャパントップチームまでプロアマ問わず幅広く野球を中心に取材。書籍『東農大オホーツク流プロ野球選手の育て方〜氷点下20℃の北の最果てから16人がNPBへ〜』(樋越勉著・日本文芸社)『レミたんのポジティブ思考"逃げられない"な"楽しめ"ばいい!』(土井レミイ杏利著・日本文芸社)『野球で人生は変えられる〜明秀日立・金沢成奉監督の指導論(金沢成奉著・日本文芸社)では、編集・構成を担当している。

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