【夏の甲子園2025】「平和に感謝できる人間をつくりたい」 開星・野々村監督が一度は終えた高校野球の世界に再び身を置く意義
8月6日、開星(島根)対宮崎商(宮崎)の試合後の勝利監督インタビュー。テレビ中継社のアナウンサーから仙台育英(宮城)との2回戦への意気込みを聞かれた開星の野々村直通監督は、こう答えた。
「もうね、大横綱ですから。ウチはふんどし担ぎ。勝負にはならないけど、すべて力を出し切って、玉砕してくれたらいいと思います」
令和の世ではあまり耳馴染みのない「玉砕」というフレーズ。鈴なりの報道陣の間では、なんとも言えない気まずいムードが漂った。
14年ぶりに甲子園で指揮を執った開星・野々村直通監督 photo by Matsuhashi Ryukiこの記事に関連する写真を見る
【2011年に一度は勇退するも...】
あの"やくざ監督"が甲子園に帰ってきた──。
今から15年前の春。前年秋に中国大会を制し、優勝候補の一角にも挙がっていた開星は、センバツ1回戦で向陽(和歌山)に敗れた。試合後、野々村監督は「末代までの恥」「腹を切って死にたい」と発言。大問題に発展する。
野々村監督の反社会的勢力を思わせる風貌と、奇抜なファッションも火に油を注いだのだろうか。野々村監督の舌禍事件は、連日のようにメディアを賑わせた。日本中から大バッシングを受けた野々村監督は、監督を辞任する。
恩師の辞任に、当時の主力だった糸原健斗(現・阪神)ら教え子は軒並み号泣した。そして、開星の保護者を中心に野々村監督の復帰嘆願署名運動が始まる。約8000名もの署名のなかには、向陽の保護者の名前もあったという。
翌年に監督復帰した野々村監督は、2011年夏の甲子園出場に導く。白根尚貴(元・DeNAほか)を擁して1勝を挙げ、同大会で優勝することになる日大三(西東京)を相手に8対11と激戦を演じた。
この年に還暦を迎えた野々村監督は「男の花道」と、監督を勇退する。以降は教育評論家、画家として活躍した。高校野球監督としては異色の美術科教諭であり、"山陰のピカソ"の二つ名を持つアーティストでもあったのだ。
2016年春のセンバツ。スタンドには開星の応援に訪れた野々村前監督の姿があった。甲子園を見渡しながら、野々村前監督はポツリとつぶやいた。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。




























