甲子園「完全試合男」松本稔が高校時代から感じていたスパルタ指導の限界「もっと面白く、効率よく」を指導者として実践 (4ページ目)

  • 藤井利香●取材・文 text by Fujii Rika

【YouTubeの罠に注意】

 自ら考え練習させるためには、選手に「試してみよう」と思わせるだけの方法論を指導者がどれだけ提示してあげられるかがカギになる。どれを選ぶかは選手にゆだね、トライ&エラーを繰り返させながらダメな時はまた次の一手を投入。松本のタンスの引き出しには、そのための知識が溢れんばかりに詰まっている。

「グラウンドでは、日々実験が繰り返されている感じです。幼少の時に投げる動作そのものをやってこなかった子が多いため、昔と違って指導者はまずは投げることを適切に教えられないといけない。野球は指導する場合、とくに難しい種目です。投げたり打ったりするメカニズムが意外に複雑で、奥が深い。目の前に正解があればどこかで終われたはずなのに、それがまだ見つからず、追い求めるうちに不覚にも野球一筋になっていました(笑)」

 完全試合男は、誰よりも投げるという動作についてこだわりを持っている。憧れているのは『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』。米倉涼子主演の敏腕外科医が登場するドラマだが、「自分の腕ひとつで勝負する、フリーのピッチングコーチになれたらいいな」。投げることができれば野球がもっと楽しくなるはずだからと、近未来の夢を語る。

 ところで今の時代、指導者が考える以上に選手たちも情報を集めている。とくに活用されているのがYouTube。それを見ながらああでもない、こうでもないと選手同士でやり合う光景は、すでに珍しいものではなくなった。

「今だからこそ注意してほしいと思うのが、インターネットに上がる映像って成功例がほとんどで失敗例が少ないということ。成功例を見て、よし、俺もやってやろうと思っていいんだけど、本当にそれが自分に合っているかどうかはわからない。できればネットには、失敗した情報もたくさん載せてほしいですね。両方から情報を得て判断することがとても大事ではないかと思います」

(文中敬称略)

後編<「野球人口が減ってもレベルは絶対落ちない」甲子園完全試合の松本稔(現・桐生監督)が選手に「適性の限界」を伝える理由>を読む

前編<甲子園初の完全試合を生んだ「松本の3センチ」...前橋・松本稔「その瞬間、スピードもコントロールもカーブもすべてよくなった」>を読む

【プロフィール】
松本稔 まつもと・みのる 
1960年、群馬県伊勢崎市生まれ。1978年、前橋高3年の時に春の第50回選抜高等学校野球大会で比叡山(滋賀)を相手に春夏通じて初めて甲子園で完全試合を達成。卒業後は、筑波大でプレーし、筑波大大学院へ進学。1985年より高校教員となり、野球部を指導。1987年には群馬中央を率いて夏の甲子園に、2002年には母校・前橋をセンバツ大会出場に導いた。2004年、第21回AAA世界野球選手権大会の高校日本代表コーチを務め準優勝。2022年に桐生に赴任し、同年夏より監督。

プロフィール

  • 藤井利香

    藤井利香 (ふじい・りか)

    フリーライター。東京都出身。ラグビー専門誌の編集部を経て、独立。高校野球、プロ野球、バレーボールなどスポーツ関連の取材をする一方で、芸能人から一般人までさまざまな分野で生きる人々を多数取材。著書に指導者にスポットを当てた『監督と甲子園』シリーズ、『幻のバイブル』『小山台野球班の記録』(いずれも日刊スポーツ出版社)など。帝京高野球部名誉監督の前田三夫氏の著書『鬼軍曹の歩いた道』(ごま書房新書)では、編集・構成を担当している。

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