「山内政治さんの野球は強烈で忘れられない」 壮絶な人生を送った名将のラストゲーム...宮崎裕也監督(彦根総合)が回顧 (2ページ目)
【苦労を見せないひょうひょうとした男】
そして今も忘れないのが、山内さんが寿司屋でいきなりビールを飲み出したことです。家では飲めなくて、普段は新幹線通勤をしているので、車中で缶ビールを1本飲むのが唯一の楽しみなんだと言っていました。
この時、山内さんが私に語ったのは、妻が病気で看病しなければいけないんだと、ただそれだけ。その病がまさか「化学物質過敏症」という難病とは知らず、私は昼間にビールというのもいかがなものかと思いながら、まあそういうことならと笑って受け流しました。
のちに聞けば、奥さんがビールのわずかな匂いにも反応し体調を崩してしまうからだそうで、そんな深い事情があったとはまったく気づきませんでした。
それでもこの日の山内さんは、多大な苦労を背負いながらもそれをとつとつと語るわけでもなく、野球でこんな指導をしているんだと自慢するわけでもない。
じつに淡々としていて、グラウンドに戻る道すがらも大げさに言えばスキップをするような、ひょうひょうとした姿を見せていました。試合後も感極まって泣いてもいいのに、普段どおり。選手たちはラストゲームだということをまだ知らなかったようですが、そんな姿にも胸を打たれるものがありました。
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