2020.05.09

明石商・狭間監督がマイナスから目指した
甲子園「初日で辞めようと思った」

  • 沢井史●文 text by Sawai Fumi
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

高校野球・名将たちの履歴書
第2回 狭間善徳(明石商)

 明石商・狭間善徳監督は喜怒哀楽を隠さない。チャンスをものにしたり、チームが勝利すると喜びを爆発させ、味方選手がミスをすると心底悔しがる。昨年の甲子園ではベンチで見せるド派手なガッツポーズが話題になった。

 今や甲子園常連校の監督として知られる狭間だが、初めて甲子園の土を踏んだのは2016年の春、51歳の時だった。

昨年、チームを春夏連続して甲子園ベスト4へと導いた明石商・狭間監督 そもそも狭間が高校野球の指導者になりたいと思ったのは17歳の時。

「だから(体育教師を目指し)大学も日体大に行きましたし、卒業してからは兵庫の高校に講師として赴任し、コーチの立場で指導していたんです」

 大学卒業後は母校の明石南、高砂南でそれぞれ1年ずつ勤務したが、常勤の教員としての採用枠は少なく、高校野球の指導者をあきらめて一般企業に就職。会社員となり3年目で結婚することになったが、思わぬ話が舞い込んでくる。

「ある関係者から『明徳(義塾)で指導しないか』と言われまして......。高知には行ったこともないし、縁もゆかりもないところ。実際、学校に行くと山奥にあって、『ここで野球を教えるんか......』って不安しかありませんでした」

 そんな狭間の背中を押したのは、当時婚約者だった妻・智子さんのひと言だった。

「『ネクタイ姿よりユニフォーム姿のほうがいいんじゃない。私は行ってもいいよ』って言われて決心したんです」