「無失点男」、東北福祉大にあり。ヤクルト寺島成輝と甲子園で名勝負 (2ページ目)

  • 永田遼太郎●文 text by Nagata Ryotaro
  • photo by Nagata Ryotaro

 だが、気持ちを一旦オンに切り替えると、一転して勝負師の顔に変貌する。それは普段の練習でも同じで、ブルペンでも黙々と投球間隔を空けずに腕を振り続け、平均100球、多い時には200球のボールを投げ込んでフォーム固めをする。

「野球は勝負の世界ですし、ヘラヘラしてやるものでもないと思っています。1球ですべてが変わる世界ですし、『ブルペンだから』という考えじゃなく、日頃から1球1球を実戦と同じ意識で投げています。その空間で自分がどれだけ集中して投げられるか。そこが重要で、試合にもつながってくるんじゃないと思っています」

 山野は身長172センチ、体重77キロと、決して体格に恵まれているわけではない。高川学園中等部(山口)時代は、チームメイトに比べ体はひと回り小さく、投手志望ではあったが試合で投げられるかどうかのレベルだった。中学最後の試合でも守ったポジションはセンターだった。

 そんな山野が変わったのは、高川学園高等部に進んでからである。

「食事が一番ですね。高校に入った時は身長が160センチあるかないかで、体重も50キロくらい。とにかく食べました」

 ごはんを朝3合、昼2合、夜3合食べるという、いわゆる"食トレ"だ。その効果もあって、高校3年時には170センチまで身長が伸び、体重は70キロに達した。

「野球のセンスは、自分で言うのもなんですけど、もともとあったほうだと思います。それが高校に入って、体力が技術に追いついた感じで、そこから変われたのかなと思います」

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