2019.08.03

選手がいなかった軽井沢高校。
ある女子マネの手紙から奇跡は始まった

  • 清水岳志●文 text by Shimizu Takeshi
  • photo by Shimizu Takeshi

軽井沢高校、奇跡の物語(前編)

 7月上旬、梅雨寒の避暑地でひとりの女性に会った。

「待ち合わせ場所を決めましょう。いまアウトレットにいます。このあたりは混んでいますが、30分後には学校に行けます。夕方4時に学校で待ち合わせしましょう」

 電話での会話は理路整然、過不足ない。初対面だったが、無事に会うことができた。

 小宮山佑茉(ゆま)さんは長野県軽井沢町生まれの20歳で、現在、看護学校の2年生だ。今はごく普通の日々を送りながら、近い将来、社会に出るための準備をしている。ただ、この時期になると、一昨年の特別な夏を思い出すと言う。

 彼女のことを知ったのは、2017年の夏。ある女子高生マネージャーが記録員として長野県大会のベンチに入り、スコアブックをつけたというニュースが、地元紙だけでなく、全国紙でも扱われた。

かつて選手ゼロの軽井沢高校を支えた小宮山佑茉さん 話はさらにさかのぼり、彼女が野球部のマネージャーになるところから始まる。

 彼女が入学した2015年4月、長野県立軽井沢高校の野球部はすでに部員不足だった。

「入った時は、助っ人を含めて8人ぐらいでした。マネージャーは3年生がひとり。単独チームでは公式戦に出られなかった。それまでは屋代南(やしろみなみ)と連合チームを組んでいました」

 小宮山さんは野球をまったく知らなかった。それなのになぜ、野球部のマネージャーになったのだろうか。

「なんでなろうとしたんですかね(笑)。スポーツは嫌いだったんです。中学では、部活はしていません。勉強も嫌いで、休日は家で寝て、ダラダラしているどうしようもない子でした。『これじゃいけない』と思って、高校生になって変わろうと思ったんです。

 それで、運動部のマネージャーならいいかなって。野球部って熱いイメージがあって、そこに魅かれたんです。中学からの親友も『やりなよ。じゃなきゃ変わらないよ』と背中を強く押してくれました。私も負けず嫌いなので『じゃあ、やるよ』と入部を決めたんです」

 そもそも野球は9人でやるスポーツということもわかっておらず、部員が足りないという危機的状況も理解していなかったと、小宮山さんは笑う。