監督就任すぐに甲子園へ。
あのセンバツ準優勝投手の元プロがやったこと (2ページ目)
──どんな目だったのですか?
「話をしたあとに遠くから彼らを振り返ったら、全員で私をにらみつけていました。それまでは放任されていたので、困惑と不安とアレルギーがそんな態度になったのだと思います。それを見て『きた! きた!』と」
──「きた! きた!」というのはどんな感情ですか?
「それだけパワーがあるということだと感じました。鍛えがいのある選手たちだと。実際、反抗的に見えた選手たちも、一対一で話をすると、目をギラギラさせて食いついてきました。聞く耳を持ってくれたので助かりましたね」
──どこから手をつけましたか。
「まずは食事から。全員が寮生活なのですが、当時は食事の時間はバラバラ、嫌いなものは食べないで残す。それでは寮のよさを生かせませんから、すぐに改善しました。食事は全員で揃って、ご飯はどんぶり2杯以上と決めて食べる。食べ方や姿勢についても口うるさく言いました」
──野球以前の、生活の部分からですね。
「はい。まずは体を大きくするために量を食べさせました。それまでは偏食の部員が多かったし、食べる量も物足りなかった。『とにかく食べろ』と言い続けて、7月頃にはみんなの体重が5キロ~10キロ増えていました」
──しかし、夏の県大会は2回戦負け。秋季愛媛県大会でも小松戦(9対8で辛勝)など苦しい試合もありました。
「夏までは3年生主体のチームで、2年生にはあまり経験がありません。だから、練習するしかないと考え、相当な練習量を課しました。真夏なのにタイヤを引っ張らせたり、走る量を増やしたり......選手には戸惑いがあったでしょうね。『今日は練習試合があるんですけど』と言われても、『練習試合の結果は関係ない。いまは走り込み、追い込み期間、体力をつけよう』と言い含めて」
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