2019.06.05

2バタの恐怖に陥った坂井聖人。
失意のどん底も東京五輪は諦めない

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Matsuo/AFLO SPORT

 ジャパンオープン2019200mバタフライ決勝。第6レーンの坂井聖人(セイコー)はゴールタッチしたあと、顔を上げ、すぐにうしろを振り返った。電光掲示板にタイムが表示される。

 1分5578、3位。

 その瞬間、コースロープに体を預け、宙を見上げた。

「脱力してしまって、もうコースロープを持ち上げる力もなかった……」

派遣記録に0秒23足りず、世界水泳選手権出場を逃した坂井聖人 日本代表復帰と7月に韓国で開催される世界水泳選手権の出場を最大のテーマにして今大会に挑んだが、派遣記録(1分55秒55)に0秒23及ばず、どちらの目標も達成することはできなかった。

 プールから上がった坂井の顔は青ざめていた。なぜ0秒23及ばなかったのだろうか――。

 坂井は、2016年のリオ五輪200mバタフライで銀メダルを獲得した。王者マイケル・フェルペス(アメリカ)との差は指の第一関節ほどで、わずか0.04秒差。壮絶なラストの競り合いは、いまも語り草になっているほどだ。

「あの時は自信に満ち溢れていました。しかも、メダルを狙いにいって獲れた。金メダルを獲れなかったのは悔しかったですが、まぐれではなかったので……すごく大きな価値のあるメダルでした」

 五輪という大舞台でメダルを獲り、達成感を得た坂井は、その後”燃え尽き症候群”に陥った。だが、気持ちは落ちていても、不思議なことにタイムは出ていた。

 リオ五輪が終わったあとの2016年9月の日本学生選手権では1分5406の大会新記録で優勝し、2017年4月の日本選手権では1分5371で瀬戸大也(だいや/ANA)を破り、世界水泳出場を勝ち取った。

 当時はこのタイムですら納得できないほど自信があったと、坂井は言う。ただ気持ちが入っていないなか、なぜこんな調子がいいのか、不思議な気持ちも抱いていた。

 事態が暗転したのは、2017年7月の世界水泳選手権だった。自信満々で挑んだレースは後半に失速して、1分5594で6位に終わった。

「なんで……って思いましたね」