【大学駅伝】早稲田大ルーキーズは「令和の三羽烏」から「カルテット」へ 二冠を狙う全日本大学駅伝で何を見せてくれるのか? (4ページ目)
【上杉の台頭で「三羽烏」は「カルテット」へ】
10月には10000mで自己ベスト更新と好調ぶりを示す上杉敦史 photo by Satoshi Wada
忘れてはならないルーキーがもうひとりいる。"令和の三羽烏"とともにスポーツ推薦で早大に入学した上杉敦史だ。
9月頃からだろうか、花田監督は"三羽烏"に上杉を加えて、「4人組」「四重奏」を意味する"カルテット"という言葉を口にするようになった。つまりは、花田監督が認めるほど、上杉がこの夏に力をつけたということだ。
同期の3人が特筆すべき活躍を見せてきただけに、彼らの陰に隠れがちだが、上杉もまた実力者のひとりだ。入学直後の4月5日に行なわれた東京六大学対校では、対校選手として5000mに出場し、さっそく臙脂のユニフォームに袖を通している(4位)。
上杉は、4年の工藤慎作や2年の鈴木と同じ千葉・八千代松陰高出身。全国高校駅伝には3年連続で出場し、3年時はエース区間の1区を担った(区間14位)。
入学時に自身の走りの特徴を聞くと、「僕は長い距離のほうが得意だと思っている」「単独走のほうが強い」と話していた。
目指す選手像には、早大OBでハーフマラソンの日本記録保持者である太田智樹(トヨタ自動車)を挙げる。
「どんな大会でも高水準で結果を残し、安定感のある選手になりたいと思っているので、(太田の)そういうところを尊敬しています」
将来的には、太田のような"いぶし銀"という言葉が似合う選手になっていきそうな予感がある。
9月のThe Road of WASEDAでは、ロード5kmで13分55秒の自己ベストをマークし、出雲駅伝では増子とともに補員に登録され、急な出番に備えていた。
結局、自身は出走が叶わず、本田と新妻の活躍には当然大きな刺激を受けた。
「同期の区間賞や区間新の走りを見て、自分もやっていかなきゃいけないっていう思いが強くなりました。自分との差がすごくあるなっていうのを強く感じてしまって、若干心が折れそうになりましたが、その後の練習で自分もそれなりに近づけるんじゃないかと再確認できました」
出雲駅伝の5日後の早大競技会では10000mに出場し、28分50秒87の自己ベストをマークした。
「全日本で出走することが目標だったので、そこに向けてちょっと強めのペース走のような感覚でレースに臨みました。余裕を持って28分台を出すことを目標に走りました。創価大のソロモン・ムトゥクさん(3年)が引っ張ってくれたので、自分にとって記録を出しやすいレースになりました」
狙いどおりの28分台だった。
また、ムトゥクが抜け出したあとの2位争いは熾烈を極めたが、「そこで挑戦しなかったら三羽烏との差はまったく縮まらない」という強い思いから、残り2000mで自ら仕掛ける場面もあった。結局、終盤のペースの切り替えに課題を残し4着に終わったが、気持ちの込もったレースを見せた。
「練習がしっかりできていたので、本人も結果がほしかったと思います。28分台を出したのでよかった」と花田監督も評価していた。
同じ日の午前中の練習では、上杉と全日本のメンバーの座を争う選手たちもいい練習をこなしていたという。
「全日本につながった人もいれば、一歩後退した人も正直いましたが、この1日で、8区間プラスふたりぐらいは目処が立ちました」
花田監督がこう話すように、上杉の全日本出走が確定したわけではなかったが、大きなアピールになったのは間違いない。
「全日本からしっかり走って、三羽烏に並び立てるようにがんばっていきたいと思います」と、上杉は意気込んでいた。
全日本には、この4人のほかに若狭奏汰も加えた5人の1年生が16人のエントリーメンバーに名を連ねた。若狭は指定校推薦で文学部に入学した、いわゆる"一般組"の選手だ。
今年の1年生は、若狭だけでなく"一般組"にも力のある選手が多い。基幹理工学部の和田寛、創造理工学部の高舘友杜、社会科学部の水出依寿といった選手たちが、着々と力を蓄えている。
2010年度の大学駅伝三冠を最後に優勝から遠ざかっていたが、今季の出雲駅伝優勝を皮切りに、いよいよ黄金期を迎えそうな予感がある。ライバル校に比べると決して選手層は厚くないが、黄金期を迎えた時にそれを支える人材も整いつつある。
著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。
4 / 4

