【マラソン】鈴木健吾が語る箱根駅伝の記憶「2区は神大の地元。どこの大学よりも応援がすごい。沿道がプラウドブルーに染まるんです」 (3ページ目)
【4年時には全日本大学駅伝で優勝】
大学4年目もその勢いのままいきたかったが、夏のユニバーシアード(ハーフマラソン)に向けて練習を積むなかで故障して戦線を離脱。10月の出雲駅伝は出走を見送り、伊豆大島で個人合宿を行なった。そのかいもあり、11月の全日本大学駅伝では最終8区をまかされ、先頭の東海大から17秒差の2位で襷を受けると、早々と先頭に立ち、あとは独走。チームを優勝に導いた。箱根は3年連続で2区を務め、区間4位の走りで順位を押し上げたものの、チームは総合13位に終わった。
「4年の時に最高の結果を残したい、後輩に箱根のシードを残したいと思っていたので、そういう意味では心残りがありました。ただ、全日本で優勝できて、大学全体がすごく盛り上がりましたし、僕にとっても感慨深い1年間になりました」
4年連続で走った箱根は、その後も続く鈴木の競技人生にどのような影響を与えたのだろうか。
「箱根で結果を残せなかったら、実業団で走ることは想像できなかったと思います。でも、箱根でいい走りができて、成長させてもらい、未来を想像できるようになった。マラソンに挑戦したいなという気持ちを持たせてくれたという意味では、非常に大きなポイントになりました」
鈴木はさらにこうつけ加えた。
「箱根で活躍することで鈴木健吾という名前を多くの人に知ってもらいました。区間賞を獲った時は、冬休み明けの大学で知らない人にたくさん声をかけてもらい、箱根は本当に多くの人が観ていてくれるんだなと実感しました。2区のコースは神大の地元なので、どこの大学よりも応援がすごいんです。沿道が(スクールカラーの)プラウドブルーに染まるんですよ。神大生で箱根を走るなら、2区を目指してほしいですね」
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鈴木健吾(すずき・けんご)/1995年生まれ、愛媛県宇和島市出身。宇和島東高3年時にインターハイ(1500m、5000m)、全国高校駅伝に出場。神奈川大時代には箱根駅伝に4年連続出場を果たし、3年時に2区で区間賞を獲得した。2018年に実業団の富士通に入社後はトラック、駅伝、マラソンで活躍。2021年のびわ湖毎日マラソンで2時間04分56秒の日本新記録(当時)で優勝。2022年には世界陸上オレゴン大会のマラソン代表となるも、現地で新型コロナウイルス陽性反応が出たため欠場。2025年10月に富士通を退社し、プロランナーに。今年3月の東京マラソンでは2時間06分09秒で13位(日本人2位)となり、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ/2028年ロサンゼルス五輪マラソン日本代表選考会、2027年10月3日開催)出場権を獲得した。
著者プロフィール
佐藤俊 (さとう・しゅん)
1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)、「箱根5区」(徳間書店)など著書多数。近著に「箱根2区」(徳間書店)。
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