検索

増える移籍、多様化する契約形態...日本のマラソン&駅伝人気を支える実業団の現在地 「プロ化=すごい」でいいのか? (2ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun

【世界に憧れられる実業団システム】

 もっとも、女子選手の場合、指導者との信頼関係が重視されるがゆえ、チームを移籍する際は行動をともにすることが多い。例えば、2022年3月にワコールを退社し、資生堂に移籍した一山麻緒(パリ五輪代表)の場合はこれに当てはまる。

 ただ、男女問わず、時間をかけて育成し、トップランナーになった矢先に移籍されてしまうと戦力的にもイメージ的にも、やはり企業のダメージは大きい。自由に移籍ができる環境は選手にとってはプラスだが、あまりにもそういうことが続けば、チームの存在意義が問われ、今後、撤退の判断をする企業が出てくるかもしれない。

 また、トップレベルの選手に限定されているが、最近のトレンドとしては、この3月に青山学院大を卒業した太田蒼生のように、実業団(GMOアスリーツ)とプロ契約を結び、個人で活動をするケースや、駒澤大陸上競技部の大八木弘明総監督が率いるGgoatや、800ⅿの元日本記録保持者である横田真一が主宰するTWOLAPSといったチームに、選手が所属する企業の練習から離れて参加し、活動するケースも見られる。

「確かにそういう流れができつつありますが、プロ契約ができるのはほんのひと握りの選手だけなので、すぐに実業団の形が崩れることはないと思います。ただ、影響は出てくるでしょうね。

 実業団というシステムは、例えば欧州の選手にとっては憧れです。欧州では本当に少数のトップしか競技を続けられないからです。でも、今の日本は『プロ化=すごい』みたいな感じじゃないですか。個人的に、今の流れは海外から高い評価を受けている実業団というシステムを徐々に崩壊させているように感じますし、そうなると非常にもったいない。実業団は、日本の陸上界を支えているシステムでもあるので、プロ化という言葉のひびきのよさや報酬だけにとらわれると、陸上競技が欧州のように、一部の力のある人だけの競技になってしまうかもしれません」

 今、実業団とプロ契約を結ぶ選手たちは、大学もしくは高校を卒業後、世界大会などの大きな目標を見据え、実業団に籍を置きながらも、自分の環境を整えることを最優先に考えているのだろう。企業からの要望は駅伝出場しかなく、それ以外はご自由にどうぞということであれば、選手が魅力を感じるのもわかる。

 ただ、会沢監督はこう話す。

「企業とプロ契約するといろいろな面でラクですが、保証されたなかで活動するので、過保護になってしまうことがあると思うんです。うまくいかなくなったとき、それが悪い方向に出ることもあるでしょう。プロ契約といっても、その多くは自分で営業活動して見つけたわけではなく、たくさん声がかかったなかで一番いい条件のところを選んだだけでしょう。その選択が、選手としてだけではなく、引退後につながるような人間的な成長に結びつけられるかどうか」

 陸上選手としての価値は記録や大会での結果で見出せるが、現役引退後は人間としての評価が問われることになる。社会において自分という人間がどう見られているのか、どう評価されているのか。それを知らずして過ごしていくと陸上のプライドだけが高くなって社会に適応できなくなり、場合によってはアルバイトなどで食いつなぐしかなくなることもある。

「どんなスポーツでもそうですけど、引退後もその競技に関わって食べていけるのはひと握り。特に陸上はサッカーや野球よりもそういう選択をできる人数が少なく、多くは社業や他の仕事で食べていくわけです。陸上以外の自分の評価や価値を考えて行動していた選手は、引退後もすんなり次のフィールドで活躍できると思います」

 とはいえ、終身雇用制が崩れつつある今、若い世代ほど転職や退職への抵抗が少なくなっている。自分の競技人生を考え、競技だけに集中できる環境を選択する選手は今後さらに増えていくことが予想される

2 / 3

キーワード

このページのトップに戻る