駒澤大・佐藤圭汰、箱根駅伝の屈辱をバネに5000m室内日本最高記録を樹立「大学での一番の目標は、やはりパリ五輪」 (3ページ目)
【箱根でのリベンジの前に】
佐藤が目指そうとしているのは、5000mをもっと速くすることだ。シンプルにベースを高めていけば、どの距離も強くなれるという思いがある。
「世界で活躍している1500mや5000mの速い選手は多分、20㎞もハイレベルで走ると思うので、自分はどの種目もハイレベルでこなせるぐらいにベースを高めていきたい。だから箱根もトラックも、どちらとも高いレベルにしたいなと思っています」
そのためにも今年はまず1500mや3000mで良い記録を出し、それを5000mにつなげていきたいと目論む。その先に見据えるのはパリ五輪出場だ。
「大学での一番の目標は、やはりパリ五輪に出て、次は2025年の世界陸上東京大会と決めているので、それはブラしたくないですね。まずはパリ五輪出場へ向けて世界ランキングのポイントが大きく加算される大会を狙いたい。ただ、ポイントを重視してやるのも大事だけど、自分としては参加標準記録(パリ五輪の5000mは13分05秒00)を突破して出たいと思っているので。標準記録を突破するためにはそれなりのハイペースの12分台の選手が出るような大会にも出ないといけないので、まずはそういうレベルの大会に出場でき、日本記録を更新できるレベルの選手にならないといけないと思います」
箱根はそんな世界へ向かうための通過点と考える佐藤だが、今回のレースは学びもあったという。
「日本人選手に何十秒差を逆転される経験はしたことがなかったので、そういう悔しさを知れたのは本当にいい経験になりました。『これからもっと強くなって見返してやろう』という気持ちにもなった。それに負けはしたけど、ある程度ハイレベルなパフォーマンスを発揮できたので、長い距離も自分はいけるんだという自信になりました。
太田さんに追いつかれてから一度前出られた時に、自分はもう一回抜き返したけど、よく考えたら後ろにしっかりついていってうまく仕掛ければ、自分が1位でタスキを渡せたかもしれない。プライド的に人の背中を見るのは嫌だったし『絶対に自分は負けない』と思ってしまい、力で押し切ってやろうっていう感じだったのですが、結果としてそれを相手に利用された。自分の力にうぬぼれることなく、レース中に冷静に考えて、相手の力を利用することも含めて、判断する能力もこれからすごく大事だなと、今回は負けを知って思いました」
世界に目を向ける佐藤だが、箱根の悔しさは箱根でしか晴らせない。その意欲をこう口にする。
「今回、太田さんがイェゴン・ヴィンセント(東京国際大・2020年、現・Honda)の区間記録(59分25秒)に近いタイムを出したんで、来年の箱根ではヴィンセント超えを果たしたいと思っています。東京国際大のリチャード・エティーリ(1年)も強いけど、そういう留学生が身近にいることは本当に自分たちにとってはメリットだと思う。せっかく挑戦できる選手がいるわけですから、彼らとも競り合って、大学在学中には1万m26分台と5000m12分台は出したいですね」
佐藤はこのインタビュー後にアメリカに渡り、東海岸のマサチューセッツ州ボストンで1月26日に行なわれた室内大会の5000mに出場。13分09秒45の室内日本最高記録をマークした。単純比較はできないが、大迫傑(Nike)が保持する5000mの日本記録(13分08秒40)に迫る好記録をたたき出した。
箱根で味わった悔しさは佐藤の心を、さらに燃え上がらせている。
【Profile】佐藤圭汰(さとう・けいた)/2004年1月22日生まれ、京都府出身。蜂ケ岡中→洛南高(共に京都)→駒澤大。高校時代から全国トップクラスのランナーとして実績を重ね、駅伝、トラック5000mで活躍。大学1年時は出雲駅伝で学生駅伝デビューを果たし2区で区間新記録&区間賞、全日本大学駅伝では2区区間2位。2年時はアジア大会5000m日本代表に選出され本大会で6位入賞。駅伝は出雲、全日本ともに2区で区間賞を獲得して駒澤大の両駅伝連覇に貢献した。1万mの自己ベスト27分28秒50はU20日本記録。
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。
【写真】ペンで応援! 駒大スポーツ新聞「コマスポ」編集部
3 / 3