箱根駅伝をラジオ局はどう伝えているか。文化放送ディレクター「レース、選手の多様な情報を多方面で発信しているのが強み」 (2ページ目)
――取材ではいろんなことが起こると思いますが、印象に残っている取材はありますか?
黒川 今でも覚えているのは、数年前、箱根のエントリ―発表後に法政大の矢嶋謙悟選手(現中央発條)に話を聞いたんです。彼は、「僕は走らないんですけど、チームの足場になりたい」と目に涙をためながら話をしてくれたのですが、その涙に胸が熱くなりました。私たちは「何区を走りたいですか」と簡単に聞いてしまいますけど、走らないとわかっているのに彼のように真摯に対応してくれる選手がいます。走ることが叶わなくても、そこで気持ちをきらさずに支える側にまわる。そういう思いをもった選手がチームにはいて、そのことも含めて伝えていかないといけないと思いました
陸上のレースや記録会は、主に土日に開催される。黒川さんは、その取材に行くために日曜日を休みにしてもらい、時間と足を使ってネタを集めている。そうして集めたものを実況の際に使う選手のデータ表に反映させている。番組に使うシートを見せてもらったが、選手個々のデータがきめ細かく書かれており、共通の質問事項の答えなど、実況に必要なものがほぼ揃っている。
――実況で大事なことは、どういうことですか?
黒川 わかりやすさですね。たとえば、大学の名前はわかるけど、選手の名前を言われてもピンとこない場合があると思うんです。そこでユニフォームの色、表情、体格、汗のかき方などに加えて小ネタを入れて、聞いている人が頭のなかで選手の表情や姿を描けるのが理想です。あと、ラジオは画像がないので、順位とタイム差、何区何キロ地点とかベースとなる情報を繰り返してアナウンスするのが大前提になります。野球は3球に一度、イニングと得点を伝えているのですが、箱根も2分間状況がわからないとストレスになるんですよ
――テレビの実況車のスタッフはおむつをはいて準備すると聞きます。ラジオも7時間もの放送になりますが、実況アナウンサーは、トレイ対応はどうしているのですか?
黒川 ラジオの場合は、おむつをつけることはないですね。ラジオCMがジングルも含めて一本、2分20秒ぐらいあるので、その間でサッと行けます。さすがに私は行けないですけど(苦笑)
――CMを入れるタイミングは難しいのでしょうか?
黒川 レースの流れや例年、ポイントになるところはすごく気にしています。たとえば1区ですと、六郷橋地点は勝負ポイントで、競るシーンが増えるのでそこには絶対にCMをいれません。レースの展開によっては今、競っているからCMをうしろ倒しにしないといけないと考えることもあります
――そういう読みができるのは、地道な取材があってこそですね。
黒川 今年は東京国際大をよく見ていたのですが、出雲での区間配置を見て、丹所健選手が肝になるなって思っていたんです。それでレース中に(収録済みの)彼のインタビューを流したら、その直後に飛び出していって、ハマりました。全日本では青学大と駒澤大が8区で競ったので、CMに行くタイミングが難しいなって思ったんです。青学大の飯田(貴之)選手が駒澤大の花尾(恭輔)選手の背後についたんですが、ふたりの性格やこれまでのレース運びを考えるとこのまま動かないと判断し、CMを入れました。最近は選手の特徴がだいぶわかってきましたし、出雲と全日本でいろいろと勉強になったので、箱根の中継ではその経験を活かしていきたいと思います
箱根駅伝の放送の準備は、着々と進んでいくが、予期しないアクシデントも起こる。昨年はゲスト解説の神野大地から直前に「熱っぽい」という連絡が入った。コロナの感染者が爆発的に増えていた時期で「もしや」と危惧されたが幸い陽性ではなかった。大事をとって神野はリモートでの出演とし、1月1日に機材を彼の自宅に用意し、夜までチェックが続いた。
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