「冬までE判定」から現役で京大合格。競歩で金メダルを狙う山西利和の受験と青春 (2ページ目)

  • 門脇 正法●取材・文 text by Kadowaki Masanori
  • photo by Kyodo News

―― ところで、時間を少しさかのぼりますが、山西選手は京都の長岡京市で生まれ、幼稚園から中学校まで、お父さまの仕事の都合で東京や静岡に何度か転校したとうかがいました。そうした中、自身が勉強と運動、どちらも得意と感じたのはいつ頃ですか?

「まず前提として、僕はスポーツより勉強のほうが得意です。今は競歩をしているものの、ほかのスポーツははっきりいって苦手。特に球技はまるっきしダメですね(笑)。唯一長距離は好きでしたが、小学校で一番というレベルではありませんでした。

 勉強が楽しいと感じたのは、小学校の3〜5年生ぐらいだったと思います。わからないことがわかるようになるのが楽しいという感覚がありましたし、本を読むのも好きでした」

―― 当時よく読んでいた本は?

「好きだったのはミステリー、特に江戸川乱歩でした。『怪人二十面相』シリーズが大好きで。あのシリーズって、"人が死なない"じゃないですか。ミステリーでも、登場人物がどんどん死んでいく本より、誰も死なない本のほうが好きなんです」

―― 山西選手のご両親の教育方針はどのようなものでしたか?

「両親の意図を正しくくみ取れているかはわかりませんが、何かうるさく言われた記憶はないですね。静岡に転校した小学3年の時、僕があまりに泳げなかったので、夏休みにスイミングスクールの短期コースの見学に連れて行かれたことはありました。ただその時も、父親は『どうする?』って僕の意思を確認してくれて、『じゃあ、ちょっと通ってみるわ』と。そのおかげもあって、今では4泳法(バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ・自由形)で、人並み以上には泳げます。

 そう考えると、勉強であってもスポーツであっても、両親がチャンスやきっかけを与えてくれたように思います。僕はあまり冒険したがらない性格なので、そうした機会をくれたことは助かりました」

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