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ドラマ『陸王』を地で行く
「足袋職人のシューズ」が本当にあった (5ページ目)

  • 石井孝●文・撮影 text & photo by Takashi Ishii

 レースは、やがて金栗がひとり抜け出した。このとき金栗は2時間32分45秒で走り、当時の世界記録を27分も短縮して優勝している。新聞がこぞって金栗の快挙を報じ、国民はそこに欧米列強に肩を並べる日本の姿を投影した。

 当時の計測の不正確さもあっただろう。しかし「金栗が出れば優勝だ」と、誰もがこのニュースに熱狂し、金栗は日本が送り込む初めてのオリンピック代表選手に選ばれた。

 金栗の鍛錬は日に20kmはくだらなかったという。練習用の足袋は3日も使えば底に穴があく。補修するために布を重ねて自分で縫ったが、慣れぬ針仕事は思うように進まない。

 金栗はハリマヤ足袋店に辛作を訪ねて頼んだ。

「なんとか工夫してくれんか。履きよくて長持ちするやつを」

 そもそも辛作の足袋は、走るために作ったものではない。10歳も年の離れた学生の妙な依頼を、しかし足袋職人の辛作はむげに断ることはしなかった。それどころか、まったく商売にならない、走るための足袋づくりに熱中した。そして、金栗とともに試行錯誤をした末、つま先と踵の裏底に丈夫な厚布を二重三重に縫い付けて耐久性を増した足袋を仕立てて、ストックホルムに持たせた。

 いやが上にも膨らむ日本国民の期待。しかし、国家の威信をかけて出場したオリンピックで、日の丸を背負った20歳の金栗は、思いもかけぬ事態を招いてしまうのだった。

(つづく)

ドラマの原作、ランニングシューズ開発への挑戦を描く
池井戸潤の小説『陸王』の詳細はこちら>>

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