鈴木奈央の笑顔に隠された素顔「もう願書は出したから」と強行突破し入学も「泣き崩れた」過去、オリンピック断念の苦悩も明かす (5ページ目)
【まずはGⅠ決勝確定板】
ガールズケイリンに専念して4年半が経つが、当初は「中3日のレースがすごくきつかった」と話す。
「競技は世界選手権などの大会に向けて調整をして、大会が終わったら1~2週間オフが入る感じでリフレッシュ期間があったんですが、ガールズケイリンは次から次にレースがきて、しかもモーニングやミッドナイトもあって時間帯にばらつきがあるので、それをうまくこなせなかったです」
さらに練習環境の変化も成績に影響を与えていた。
「高校からすぐにナショナルチームに入ったので、食事も含めて、練習やウエイトトレーニングも与えられたメニューをやるだけで、自分で考えて練習をすることがなかったんです。ガールズケイリンの選手はコーチがいるわけではなくて、自分で練習メニューを考えなくてはいけないんですが、その環境が自分にとっては初めてでした。それが難しくて......」
それでもガールズケイリンのリズムに少しずつ適応していくと、成績も上向き始め、前述のように昨年はすべてのGⅠ開催に出場できた。GⅠ決勝を経験した今、今後はさらに高みを目指していく。
「目標は、ガールズグランプリ出場と言いたいところですが、コツコツやるのが自分には向いているので、まずはGⅠ決勝で確定板に乗ることを目標にしています」
今はガールズケイリンでも上位を狙える位置におり、充実期に入ろうとしている。安定して成績を残せるようになってきているのも、競技での経験とオリンピック落選の悔しさ、そしてコロナ禍という霧の中でもがいてきた過去があるからだ。
「(コロナ禍での自宅練習は)孤独な時間でしたけど、いろいろと考えた時間もありましたし、ひとりで練習することもなかなかできないことなので、その部分でも少しは成長できたかなと思います。遠回りになってしまったかもしれませんが、ひたむきに頑張ることは間違いではないし、今に生きているのかなと思えます」
インタビュー中、辛い過去の話をしていても、最後には微笑み、ポジティブな気持ちを表していた鈴木。厳しい現実にも常に前向きで、そして笑顔で――。そんなガールズケイリン人生を彼女はこれからも歩んでいくような気がした。
さらなる飛躍を誓う鈴木 photo by Noto Sunao(a presto)この記事に関連する写真を見る【Profile】
鈴木奈央(すずき・なお)
1997年2月9日生まれ、静岡県出身。小学2年から自転車競技を始め、高校から自転車競技部に入る。1年時にケイリンと500mTTで優勝し、ジュニアのナショナルチームにも選ばれる。3年時にはアジアジュニア自転車競技選手権のケイリン・チームパシュート・スクラッチで3冠を達成した。高校卒業後に日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学し在校成績1位で卒業。その後はガールズケイリンで戦いつつ、競技では中距離選手として活躍。2021年末に競技から引退し、22年よりガールズケイリンに専念している。
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