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鈴木奈央の笑顔に隠された素顔「もう願書は出したから」と強行突破し入学も「泣き崩れた」過去、オリンピック断念の苦悩も明かす (4ページ目)

  • text by Sportiva

 ランキングを常に意識していた鈴木は、チームパシュート強化終了の判断についても驚きはなく、受け入れざるを得なかった。ただ東京オリンピック出場の夢が絶たれたことで、気持ちが沈み、数日間は何も手につかなかったという。

 それでも鈴木は前を向こうと意識を切り替え、競技を続けるつもりでいた。しかしその気持ちに水を差したのが、新型コロナウイルスのまん延だった。

「レースも海外遠征もほぼなくなってしまったので、何のために競技をやっているんだろうと思っていました。次のパリ大会まで続けたほうがいいのか、ガールズケイリンに専念したほうがいいのか迷っていました」

 外出もままならず、コーチから与えられたトレーニングメニューをひたすら自宅でこなす日々。「モヤモヤした期間が2年くらい続いた」と話す。

 2021年夏の東京オリンピックが終了し、モチベーションの維持に苦慮していた頃、決断せざるを得ない状況が訪れた。

「オリンピックの数か月後に世界選手権があったんですけど、コーチからオムニアム()でひとりだけ連れていくと言われたんです。そこを目標にしていたんですが、私は補欠になってしまいました。その時にもう無理かなと思いました」
※4つの異なる種目で総合成績を競う複合競技

 その時、鈴木は24歳。15歳の時から9年間、オリンピック出場だけを目指してナショナルチームで血のにじむようなトレーニングを積んできたが、とうとう決断の時がきた。

 競技からの引退――。

 2021年12月に行なわれた全日本自転車競技選手権大会を、競技での最後の舞台とした。そこで鈴木はエリミネーション、オムニアム、スクラッチ、マディソンと4つの種目で優勝。美しいフィナーレだった。本人も「やりきった」と感じ、以降、ガールズケイリンに専念することになった。

ガールズケイリンでも存在感を発揮しつつある鈴木 photo by Manabu Takahashiガールズケイリンでも存在感を発揮しつつある鈴木 photo by Manabu Takahashiこの記事に関連する写真を見る

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