競輪・石原颯が2年連続S級最多勝獲得、GⅢ初優勝で、GⅠ上位進出の兆し 上昇のきっかけとなった寺崎浩平からの助言も明かす (2ページ目)
終始穏やかな表情で語る姿が印象的 photo by Torao Kishikuこの記事に関連する写真を見る
【救いを求め同期に連絡】
石原はもともと自転車に親しんでいたわけではない。先に記した通り、中学・高校と陸上競技部に所属し、初めて競輪に触れたのは高校2年生のときだ。
「自転車は通学で乗るくらいで、まったく経験がなかったです。勉強があまり好きではなかったので、好きなスポーツを仕事にできればと思っていました。初めて見た競輪は村上義弘さん(京都・73期、2022年引退)が優勝した2016年のグランプリです。もともと自分も脚が太かったですし、やってみたいなと思いました。親はすぐに飽きると思っていたようで、『やめたほうがいいんじゃない』と言っていましたが、最終的には応援してくれました」
すぐさま高松競輪場の選手会に問い合わせ、高校3年時に日本競輪学校(2019年より日本競輪選手養成所に名称変更)の自転車競技未経験者のための「適性試験」を受験。1回目は失敗に終わるが、そこから本格的に練習を開始し、翌年は「技能試験」に合格。その第一歩を踏み出した。
「養成所では同期にすごい選手が多かったですが、タイムもそれなりに出ていましたし、競走で勝つこともあったので楽しかったですね。今に至るまで、"競輪でやっていける"という手応えはつかんでいませんが、一方で常に"なんとかなるだろう"という気持ちで取り組めています」
事実、2020年5月のプロデビューから石原は順調だった。2年目にはS級2班に特別昇級し、「ヤンググランプリ2021」にも出場を果たす。だが2022年に入ってからは状況が一転。落車が続き、勝てない日々を送った。
「落車してケガをしたら練習もできなくなります。そんな状態で治ってレースに出たらまた落車ということが続きました。今思えば、負の連鎖に陥っていましたし、正直、気持ちが落ちましたね。そして、このままではいよいよマズイなと思った時に、同期の寺崎さん(浩平、福井・117期)に連絡したんです」
寺崎は、年齢では石原の6学年先輩で、養成所入所前から自転車競技で数々の国内タイトルを獲っていた実力者。この時すでに近畿勢のラインで自力の強さを発揮していた。
2 / 4


