体操年代別優勝→自転車転向→国籍変更→世界最速記録樹立 イギリスの怪物が日本の競輪参戦に与える衝撃 (3ページ目)
リチャードソンもこのレースについて、「エースであるマシュー・グレーツァーがケガにより直前で欠場するなど、いろんな変化があるなかで新しいことを経験し、チームを作り上げていくことができてよかったし、楽しい時間でもあった」と語るなど、自身のキャリアのなかでも特に記憶に残るレースのひとつに挙げた。それ以降、彼はナショナルチームで確固たる地位を築くことになる。
東京五輪ではメダルこそ手にできなかったものの、3種目に出場し、チームスプリントで4位の成績を残す。2022年の世界選手権ではチームスプリントで金メダル、スプリントで銀メダルとその実力を世界に知らしめた。
そして満を持して臨んだパリ五輪では、スプリント銀メダル、ケイリン銀メダル、チームスプリント銅メダルと好成績を連発。押しも押されもせぬオーストラリアの絶対的エースとなった。
【大胆な国籍変更と記録への挑戦】
しかしオリンピックからわずか1週間後、驚きのニュースが飛び込んできた。それは国籍変更だ。もともとイギリスで生まれたリチャードソンは、オーストラリア代表として活動していた期間もずっと違和感を覚えていたという。
そして大胆とも言えるオリンピック直後のイギリスへの国籍変更に、世界中の自転車競技ファン・関係者は衝撃を受けた。賛否両論があるなかで、オーストラリア国内からは批判の声も上がり、リチャードソン自身も「一番厳しかった時期」と振り返っている。
「国籍変更で世間も注目しましたし、否定的な部分もありました。そんな世間に対して、自分が正しい選択をしたことを証明しなくてはならないので、プレッシャーはありましたし、それは自分自身の今後の結果にかかっていました。環境が変化するなかでそれをしなければいけないのは大変でした」
なんとしても目に見える結果を出したい――。そう考えたリチャードソンは大胆な目標を立てる。それが前人未到の200m8秒台という記録だ。
それまでの世界記録はパリ五輪時にハリー・ラブレイセン(オランダ)が出した9.088秒。この記録を打ち破るべく、「世界最速プロジェクト」が立ち上がった。
2024年8月に国籍変更し、イギリス代表として活動しているリチャードソンこの記事に関連する写真を見る
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