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【ミラノ五輪】カーリング女子日本代表の吉村紗也香、人生の半分を挑戦に費やした彼女の不屈の精神が本当に結実する日 (2ページ目)

  • 竹田聡一郎●文 text&photo by Soichiro Takeda

 その間、たとえばソチ五輪では「悔しくてテレビ中継を見たくない気持ちもあった」と吉村は明かす。逆に、平昌五輪では「オリンピックという舞台がどんなものか、自分で感じたい」と会場に足を運んだ。その際、「悔しい気持ちと、ここに立ちたいという強い気持ちと、両方を確認できました」と、彼女はのちに振り返っている。

 4度目の挑戦のあとは、所属チームであり、メインスポンサーでもある北海道銀行との契約が切れた。吉村は所属メンバーの船山、近江谷、小野寺とともに、松井浩二トレーナーのスタジオに集って、何度も今後についての話し合いを重ねた。

 北京五輪出場も、スポンサーもなくなってしまったが、熱意と技術のある選手がそろっている。それぞれが抱えた悔しさをエネルギーにして、チームとしてまだ成長できる確信が吉村にはあった。あらためて世界を目指すことを決めた吉村らは、時に松井トレーナーとともにカーリングに興味を持つ企業に同行。サポートをお願いして回り、なんとかチームは存続した。

 さらに、2021年に小林未奈、翌2022年には小谷優奈と新メンバーを迎え入れ、船山はコーチに専念。そんななか、吉村は出産のために一時休養するなど、私生活での変化もあった。

「またイチから......というか、ゼロからだったかもしれません。スポンサーへのお願いとか、新しいメンバーを加えてのチーム作りであるとか、(ミラノ・コルティナ五輪に向けての4年は)そういう4年間だったので、(その間に)カーリングに対する姿勢だとか、もう1回いろんなことを見直すことができました」

 とはいえ、その4年間も決して安泰ではなかった。むしろ、逆境にあったと言っていい期間だった。

 2021年には、パシフィック・アジア選手権で優勝を果たして日本の世界選手権出場枠を獲得しながら、代表選考会で中部電力に競り負けて代表の権利を奪われた。日本選手権においては、2022年がプレーオフ初戦で敗退し、2023年は本大会の出場さえ逃した。2024年も2次予選リーグで姿を消した。

 悔しい思いは何度もした。だが、吉村は下を向かずにメディアの取材に対して「何があっても最後の一投を決めきれるスキップでありたい」と言い続けた。

 それは、北海道銀行フォルティウス時代からメンタルコーチを担う白井一幸氏に師事すると同時に、チームビルディングや神経言語プログラミングなどの分野に明るい、森西美香氏ともメンタルトレーニングのセッションを繰り返してきたからでもある。そこでは、プレーやショットのいい時と悪い時を分析し、自身の仕草や言葉使いなどを整理。そのなかで、自身とチームにおける好循環を見つけ、理想に近づけていく作業を行なってきた。

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