為末大が考えるこれからのオリンピックの在り方 新しいインターネット型の大会を再開発していく可能性 (3ページ目)

  • 西村 章●取材・構成 text by Nishimura Akira

【突き詰めれば世界平和と地球環境の維持】

時代の変遷に合わせてオリンピック開催のための環境の維持に努めることがオリンピズムという為末氏 photo by Murakami Shogo時代の変遷に合わせてオリンピック開催のための環境の維持に努めることがオリンピズムという為末氏 photo by Murakami Shogoこの記事に関連する写真を見る――男女別の競技分類も、近年ではジェンダーアイデンティティなどの面からさまざまな議論があるようですが、そこはどうなっていくと考えていますか?

為末:生物学的な男女で区別する在り方は、基本的に変わらないだろうし変えるべきでもないと思います。まずはその線引きをクリアにしたうえで、トランスジェンダーの選手をどうするか、ということは別途議論が必要になるでしょう。カテゴリーを新たに作るのか、またはハンディマッチにするのか、いろいろと工夫する必要はあるでしょうが、あくまで生物学的な違いで分ける考え方は揺るがないと思います。

――最後にやや大きな問いをお訊ねしたいのですが、近代オリンピックが体現しているとされるオリンピズムやオリンピックムーブメントは、今後も人間社会に有用で、人間社会をよりよき段階へ進めてゆく有効な〈道具〉であり続けると思いますか?

為末:ピエール・ド・クーベルタンが近代オリンピックを復活させた当初は、若者の健全な育成という側面もあったのでしょうが、それが世界平和というニュアンスを含みながら発展してきたように思います。その意味では、オリンピズムは最初から普遍的な大義名分を唱えてきたというよりも、時代とともにある程度の変遷をしながら、「オリンピックが開催できる地球環境を保ちましょう」という努力を続けてきたことが、じつはオリンピズムの根幹だと考えています。

 つまり、オリンピック自体が世界に対して何かを訴えるというよりも、200以上の国と地域から選手たちが集まってきてスポーツをできる環境を保つことが(オリンピズムの)根幹なのだと思います。

 今後は地球環境問題も大きなテーマになるでしょう。それと、世界が分断してしまわないようにその手前で織り合える知恵を見出すこと。このふたつがオリンピックを開催する最低条件で、それを維持していくためのものがオリンピズムなのだと思います。

 要するに世界平和ですね。理由は何であれ「世界中からアスリートが集まってスポーツをできる状況を保ちましょう」という理想は、世界をひとつにつなぎ止めるパワーになり得ると思います。

――特にパリオリンピックは、国際情勢がはらんだ中での開催になるわけですからね。

為末:しかも開催地が欧州ですからね。日本から見た視点と欧州の危機感は、ヨーロッパの知人と話していても皮膚感覚のレベルでかなり違う印象があります。だから、パリオリンピックは象徴的な意味でも、とても重要な大会になるでしょうね。

>>前編「レガシー、アスリートファーストとは何だったのか?」
>>中編「日本スポーツ界の構造的問題とは?」

【Profile】為末大(ためすえ・だい)/1978年生まれ、広島県出身。現役時代は400mハードル日本代表選手として多くの世界大会に活躍し、2001年エドモントン、05年ヘルシンキの世界陸上選手権では銅メダルを獲得。オリンピックには2000年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続で出場を果たした。現在(2024年7月15日)も400mハードル日本記録(47秒89/2001年樹立)を保持している。2012年シーズンを最後に現役を引退後、現在はスポーツ事業を行なうほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。

プロフィール

  • 西村章

    西村章 (にしむらあきら)

    1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』 (集英社新書)などがある。

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