「飛ばないとうまくならないのに飛べない」。飛び込みの坂井丞、持病と闘いながら東京五輪でメダルを狙う (5ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • photo by Kyodo News

 だが、自分に合う薬が見つけられたことで症状が改善されるようになり、また自ら病気を発信することで多くの人の理解を得られ、応援の声が届くようになった。東京五輪の出場権をかけた2019年世界選手権前も症状が出ていて満足のいく練習ができなかったが寺内と組んだシンクロ板飛び込みで7位に入賞し、五輪の出場権を獲得した。

「つらくても諦めずにやって、五輪に行けることを証明できた。自分がやれることをやって、薬もそうですけど、自分に合う形を見つけていくことの大切さを学びました」

 坂井のコリン性蕁麻疹は今も完治はしていない。だが、以前よりは症状は悪化することがなくなった。東京の真夏は、酷暑で汗をかく季節だが、もう恐れることはなくなった。

 東京五輪の会場は、リオ五輪時のような室外プールではない。東京アクアティクスセンターは室内プールで、すでに坂井は会場をチェック済だ。

「五輪の会場は、ここ日本かなっていうぐらいプールが大きくて、天井が高く、観客席も大きくて、試合じゃなくても緊張するようなプールで、めちゃくちゃやりがいを感じました。自分はプールに左右されやすいタイプなので、その際、上の照明とか、プールサイドの大きさとか、高さと空間の感覚とかチェックしました。あと、湿気があるかどうかも大事ですね。プールって意外と乾燥しているところが多くて......。その場合、空中に長く回っているような感覚になるので、ちょっと湿っているぐらいが重力を感じられるんです。東京五輪の会場はちょっと乾燥していたので、ドキドキしますね」

 悔しさしかなかったリオ五輪から5年、今度はシンクロ板飛び込みの舞台に立つ。寺内とは、「今までやってきたことを100%だそうと誓い合った」という。

「飛び込み競技は、(日本人で)五輪のメダリストがまだいないんです。リオ五輪後からここまでメダルに執着して、メダルを獲得するためにやってきました。東京五輪の内定第1号(2019年7月)になったので、五輪では飛び込み界のメダル第1号を狙っていきたいと思います」

 坂井がメダルに執着するのはリオの借りを返し、飛び込み界初の快挙を達成したいからだが、同時に飛び込み一家で、自分のコーチである父、そして基礎を教えてもらった母に恩返しをしたい気持ちもある。

「両親がいけなかった五輪を自分に託してもらってリオには行けたのですが、結果を出せなかったので、東京五輪は家族のためにもメダルをいう気持ちが強いです。たぶん、父がプールサイドに入れないので......一緒に行きたかったなというのはありますが、すべてを背負って五輪のプールで躍動できたらと思います」

 家族や支えてくれた人たち、そして病気に苦しんできた長い時間を集約して 1回の飛び込み、1.8秒に坂井はすべてを賭けることになる。
 
 

FMヨコハマ『日立システムズエンジニアリングサービス LANDMARK SPORTS HEROES

毎週日曜日 15:30〜16:00

スポーツジャーナリスト・佐藤俊とモリタニブンペイが、毎回、旬なアスリートにインタビューするスポーツドキュメンタリー。
強みは機動力と取材力。長年、野球、サッカー、バスケットボール、陸上、水泳、卓球など幅広く取材を続けてきた二人のノウハウと人脈を生かし、スポーツの本質に迫ります。
ケガや挫折、さまざまな苦難をものともせず挑戦を続け、夢を追い続けるスポーツヒーローの姿を通じて、リスナーの皆さんに元気と勇気をお届けします。

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