八百長疑惑で解雇処分を受けた蒼国来。復帰までの2年間の深い苦悩 (2ページ目)

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

 でも、相撲協会と裁判になったということで、「なんで裁判をしている力士を部屋に置いているんだ?」という感じで、親方が協会の幹部の人たちから呼び出しを受けたりもしていたんですね。

 それでも庇ってくれる親方に対して、私はこれ以上迷惑をかけられないと思いました。だから、親方にこう言ったんです。

「裁判の結果が出るまで、部屋を出ます」

 こうして、私は荒汐部屋を後にしました。

 東京から離れた、誰もいないところに居を構えて、そこから毎週のように、裁判の相談で弁護士さんのところに通いました。2カ月に1回は裁判があったので、いろいろなことを自分で勉強しなければ......とも思っていましたしね。

 数カ月が経ち、心がだいぶ落ち着いてきた私は、日野自動車のラグビー部でトレーニングをさせていただくことになりました。もちろん、裁判が無事に終わって、土俵に復帰する時のために、です。

 だけど、いつ終わるのかわからない裁判に加えて、復帰が決まっているわけでもない状況のなかでのトレーニングは、心が折れそうでした。

 一方で、こうした私のために、両国国技館の周辺で、「蒼国来土俵復帰」のための署名活動が行なわれていることも知っていました。また、私を応援してくれる有志の方々が、私の気持ちが折れないようにと、月に1回、30~40人が集まって「蒼国来を囲む会」をやってくれていたんです。ありがたかったですね。

 日野自動車ラグビー部の人たちにも、本当によくしてもらいました。ニュージーランド出身の選手に、タックルのための胸を出したり、みんなとグラウンドを走ったり、筋トレをやったり......。力士とラグビー選手とでは使う筋肉が違うので、当然全部のトレーニングにはついていけないんですが、できることはすべてやっていました。

 グラウンドからは、富士山が見えるんですよ。ここには内モンゴルを思わせる、雄大な自然がある。グラウンドに腰を下ろして、富士山を見ながらストレッチをしていると、癒されていく感じがしました。

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