2020.01.26

八百長疑惑で解雇処分を受けた蒼国来。
復帰までの2年間の深い苦悩

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第6回:蒼国来(3)

 2003年秋場所(9月場所)、中国の内モンゴル自治区出身として初めて、土俵を踏んだ蒼国来。日本式の相撲は未経験だったものの、抜群の運動神経と筋肉質の体を武器にして番付を上げ、2010年秋場所、新入幕を果たした。

 ところが翌年4月、八百長疑惑によって、引退勧告を受けることに......。それを不服とした蒼国来は、2年以上にわたり、潔白を訴え続けた。

 そうして、裁判を経て、その訴えはついに認められ、2013年名古屋場所(7月場所)で土俵復帰。以降、現役力士として奮闘し、2017年初場所(1月場所)では、技能賞を受賞した。36歳になった今も、玄人受けする相撲で土俵を沸かせている蒼国来の、波乱万丈の相撲人生に迫る――。

        ◆        ◆        ◆

 2011年の大相撲八百長問題によって、私は人生のどん底へと突き落とされました。八百長に関与したとして、相撲協会から引退勧告処分を受けたのです。

 それは、まさに寝耳に水でした。私は、八百長などはしていないので、処分に応じるつもりはありませんでした。ですから、引退届も出しませんでした。

 ほかに引退勧告を受けた力士たちは、次々と引退届を出して、相撲界から去っていったので、私のこうした態度は、協会としては目に余るものだったのでしょう。処分はさらに重くなり、解雇処分を言い渡されてしまいました。

 私は、力士としての地位保全と給与の支払いを求める仮処分申請をし、2011年6月に一旦相撲協会と和解しました。それで、幕内力士の月給にあたる金額が私に支払われることになったのですが、土俵に上がることは認められず、私は力士として宙に浮いたような存在になってしまったのです。

 身分的には幕内力士でありながら、土俵で相撲を取れない。「本当に相撲が楽しい」と感じていた時期に巻き込まれてしまったこの事件――。私は、もう言葉も出ないような状態になっていました。

 今だから話せることなのですが、処分を受けてしばらくは、荒汐部屋での生活を続けていました。親方が「ここ(部屋)にいてもいいから......」と言ってくださったので、甘えていたのです。