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「僕なりの4回転半ができた」最後の五輪、羽生結弦がこだわったジャンプの美学 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【これが4回転アクセルの回転速度なんだ】

 北京五輪ーー。公式練習では順調な仕上がりを見せていた羽生だったが、SPは想定外の結果になった。最初の4回転サルコウが、6分間練習で自身が跳んだ際にできた溝にハマってしまい、1回転となって0点。以降はすべて完璧な滑りだっただけに、サルコウのミスで失った10数点がなんとも痛かった。

 得点は95.15点。1位のチェンとは18.82点差となり、優勝は一気に遠のいた。

「それでも95点を出していただけたのはありがたいし、それだけ他のクオリティを高くできたことは自分を褒めたい。6分間練習もすごくよくて、いい感覚も残っているので、フリーに向けてコンディションが整った状態ではある。ミスは自分ではどうしようもないものだったので、フリーに向けて一生懸命やりたいと思います」

 そうして、巻き返しが期待されたフリー。用意していた構成は、アクセルを含む4回転4本に加え、トリプルアクセル+3回転ループを跳ぶ、完成度を高める構成だった。公式練習では曲かけでその連続ジャンプも成功させていた。だが、練習時間の中盤、4回転アクセルを片足で着氷した時に右足首捻挫。羽生の練習を見るために詰めかけた多くのメディアにも緊張が走った。

 それでも羽生はフリー直前の6分間練習でも、後半に4回転アクセルを2回チャレンジ。いずれも転倒してしまったが、その挑戦を貫いた。

 迎えた本番、肝心の4回転アクセルは回転不足で転倒。次の4回転サルコウも回転不足で転倒する最悪のスタートとなった。それでも、そのあとのトリプルアクセル+2回転トーループ以降は、後半の4回転トーループからのコンビネーションジャンプ2本を含めてノーミスの滑り。羽生の矜持を見せつけるような演技を披露した。

 合計283.21点。競技人生最後となる五輪は4位という結果に終わった。演技終了後、羽生は両手を天に突き上げて6秒間、動かなかった。

「ポーズには『天と地と』の天の意味もあるし、自分の魂を天に送るようなイメージもありました。9歳の時に滑った『ロシアより愛を込めて』の最後のポーズと同じだけど、何かそれをあの時の自分と重ね合わせながら、ひと言で言うのが難しい、いろんな気持ちが渦巻いている感じで。ある意味、あのポーズを終えて"刀をしまう"までが自分のプログラムのストーリーだったかなと思います」

 4回転アクセルについては「手応えはすごくよかった。『これが4回転半の回転速度なんだな』と思い、ここからランディングするのはちょっと危険かもしれないと思ったけど、僕なりの4回転半はできたかなと思います」と語った。

 それから4日後、羽生はメインプレスセンターで行なわれた記者会見でも、あらためてその戦いを振り返り、4回転アクセルへの思いも口にした。

「ずっと4回転アクセルを目指していた理由は、僕の心のなかにいる9歳の自分が『跳べ』とずっと言っていたし、『お前下手くそだな』と言われるから練習をしていた。でも今回のアクセルは褒めてもらえたんです。実は今のアクセルは、身体は違うけど9歳の時と同じフォームなんです。4回転アクセルをずっと探していくなかで最終的にたどり着いた技術が、あの頃のアクセルだった。

 ずっとその壁を登りたいとあがいていたけど、最後に壁の上から手を伸ばして引き上げてくれたのは9歳の自分自身だったなと思って。『羽生結弦のアクセルはこれだったんだ』と納得できているし、あれがアンダーだったとしても、転倒だったとしても、いつか見返した時に『羽生結弦のアクセルは軸が細いね。やっぱりきれいだね』と思えるような誇れるアクセルだったと思います」

 そして2022年7月、羽生はプロアスリートとしてフィギュアスケートを続けていく決意表明をした。以降、単独公演のアイスショーを精力的に開催するなど、フィギュアスケートの新たな可能性を切り拓き続けている。

終わり

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<プロフィール>
羽生結弦 はにゅう・ゆづる/1994年12月7日生まれ、宮城県仙台市出身。2009年ジュニアGPファイナル、2010年世界ジュニア選手権を制覇。2014年ソチ五輪で日本男子フィギュアスケート初の金メダルを獲得すると、2018年平昌五輪では66年ぶりとなる男子シングル連覇を達成。その間、世界選手権2度優勝、GPファイナル4連覇など数々の偉業も遂げる。2022年、北京五輪(4位)に出場後、同年7月にプロへ転向。自身で企画・プロデュースを手掛ける単独アイスショーを開催するなどプロスケーターとして精力的に活動している。

著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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