「僕なりの4回転半ができた」最後の五輪、羽生結弦がこだわったジャンプの美学 (2ページ目)
【『天と地と』の美学に共感】
コロナ禍の影響で拠点にしていたカナダに渡れず、情報通信機器を活用したオンラインによって国内で練習する道を選んだ2020−2021シーズン。大学の卒業論文にも力を注いでいた羽生は、変則的な開催になったGPシリーズには、自分が移動することで感染拡大に影響する可能性があると欠場を決めた。
このシーズンのSPには「こんな時期だからみんなに笑顔になってもらいたい」と、アップテンポなロビー・ウィリアムズの『Let Me Entertain You』を選んだ。フリーは『SEIMEI』に続く"和"のプログラムである『天と地と』。大河ドラマ『天と地と』と『新・平家物語』のサウンドトラックを羽生自身が編曲して使用した。
10カ月ぶりの大会出場となった2020年12月の全日本選手権は、合計319.36点の高得点で5回目の優勝を果たした。その際、圧巻の演技を見せた『天と地と』というプログラムへの思いについてはこう語っている。
「前季のGPファイナルや全日本で自分が成長していないのではないかとか、だんだん戦えなくなっているのではないかという思いがあり、一瞬だけど、戦うことに疲れたなと思いました。でもそのなかで、試合で得られる達成感や乗り越えられる苦しみなどがやっぱり好きなんだなとも思って。
『天と地と』は上杉謙信公の話ですが、彼の戦いへの考え方や、そこにある美学というか。さまざまな規制があることへの葛藤もあって、最終的には出家したけど、そういう悟りの地のようなところまでいった謙信公の価値観と今の自分が似ているのかなと思い、そういうものをリンクして滑りました」
コロナ禍で行動が限られる環境下、自分で自分をプロデュースしながらひとりで練習し、自ら振り付けもしなければいけないなかで、一時気持ちはどん底まで落ち込んだ。自分が試合に出ていいのか、とも考えた。だが、コロナ禍で苦しむ人たちのことを考えれば、自分は恵まれているとも思った。羽生はそんな心中の葛藤と戦いに行く決意を、上杉謙信の心を表現することにゆだねたのだ。
翌シーズンの北京五輪出場枠獲得がかかった世界選手権は、SPで首位発進したが、フリーではミスが続出。日本勢の鍵山優真にも敗れる総合3位にとどまった。しかし、羽生はその結果を当然のものと受け止めていた。
「全日本である程度やりきったと思ったので、やっぱり4回転アクセルを跳びたかった。だから、世界選手権も試合を捨てる覚悟でぎりぎりまで4回転アクセルの練習をしようと思っていたので......」
ともあれ、最低限のノルマとなる3つの五輪出場枠獲得に貢献した羽生。次へ向けて、『天と地と』は4回転アクセルを入れて初めて完成するのだと強い言葉で言いきっていた。
そして迎えた2021−2022シーズン。羽生は重要な五輪シーズンで再びケガに泣かされた。練習中に右足を負傷し、予定していたGPシリーズのNHK杯とロシア大会を欠場。前シーズンに続いて、12月の全日本選手権がシーズン初戦という形になった。
勝負のシーズンのSPは、「昔からやりたいと思っていた」と言う『序奏とロンド・カプリチオーソ』のピアノバージョン。初披露の全日本ではジャンプを完璧に跳んだだけではなく、スピンの回転速度も音に合わせる精密な滑りだった。ジャッジからも高く評価され、111.31点を獲得した。
フリーは前シーズンから磨きをかけてきた『天と地と』。"公約どおり"4回転アクセルにも挑戦した。そのジャンプはダウングレードになって減点されたが、以降の演技は完璧に決めて合計322.36点。2位の宇野昌磨に大差をつける圧勝で3回目の五輪代表切符を手にした。
「4回転アクセルは朝の練習ではあまりの跳べなさに失望して精神がぐちゃぐちゃになっていた。まだ成功しきれていないジャンプを本番で使用するということを含めて難しいなと感じました。でも試合のなかであれだけできたことは、悔しいけど今の自分としては妥協できるところにいるのではないかとも思います」
試合後、北京五輪へ向けては「3連覇の確率は正直低いと思う」と話しながらも、こう言って前向きな姿勢を見せた羽生。勝負師としての高い意識ものぞかせた。
「五輪は発表会ではないから、勝ちにいかなければならない大会。そのためには、単純に4回転アクセルのGOEでプラスをつけられる構成にしていかなければいけないと思います」
2 / 3


