【ミラノオリンピック】世界王者マリニンさえも飲み込んだ「五輪の魔物」 宇野昌磨ら歴代メダリストは「呪文」が使えたか (2ページ目)
【身を捧げた者たちがつむぐ物語】
たとえば、高橋大輔はアジア人男子初の五輪メダルを勝ち獲って世界王者にもなっているが、「至宝」と言われたステップは類い稀なるセンスだけでなく、練習量で身につけたものだった。その向上心があったからこそ、アイスダンスに転向してもわずか3年で全日本王者、世界トップ10に迫って、絶大な人気を誇ったのだ。
現役引退後、高橋が座長になったアイスショー『滑走屋』では、プロスケーターだけでなく現役選手たちも参加しているが、「大ちゃん(高橋)は、ずっとリンクにいて、スケート靴を一回も脱がないほど」という声が聞かれた。それだけの練習を積むことができる高橋だからこそ、4年ぶりにシングルで現役復帰した時も全日本選手権2位になれたのだ。
2024年の『滑走屋』に参加した三宅咲綺は、その後に出場した全日本選手権で自己最高位を記録し、こう振り返っていた。
「『滑走屋』に出演させてもらい、氷の上で(一日)16時間も過ごしました。そんな経験はなかったので、そこまでしないと人前で滑れないという大輔さんのプロ根性を見せてもらって。本当に『滑走屋』に出られてよかったです」
同じく青木祐奈も『滑走屋』の出演で殻を破った。GPシリーズで初めて表彰台に乗って、今年1月の四大陸選手権では優勝した。
文字どおり、スケートで結果を残すには、その身を捧げるしかないのだろう。
今回の五輪で銅メダルを獲った中井亜美は、中学で越境留学していた。つまり小学校を卒業する時点で、何かを捨て、何かを得るという"契約"をしていたことになる。彼女はメダルを獲ったあと、「自分の夢を信じきることができました」と語っていたが、それは夢を実現する覚悟を持った人生でなし得たものだ。
もちろん、練習だけでは十分ではない。選手は試合で試される。氷上で歓喜も悔しさも経験しなければ弱くなるのだ。
たとえば今回の五輪の中立選手でロシア国籍のアデリア・ペトロシャンは潜在力の高さを見せたが、実戦で鍛えられていなかった。ウクライナ侵攻により国際大会を経験できず、GPシリーズなどを転戦してきた選手と比べると見劣りした。勝とうが負けようが、戦い続けてきた者のほうが鍛えられているのだ。
しかしメダルを獲った者が必ずしも勇者というわけではない。逆説的だが、勝者よりも敗者のほうが強い印象を残すこともある。"敗れざる"境地にいる選手の姿は、掛け値なしに共感を呼ぶのだろう。必死に戦い、悔しさに身を焦がし、立ち上がろうとする姿は人の心を動かし、語り継がれるべき物語だ。
宇野も高橋も、メダルを獲ったから愛されたわけではない。彼らはフィギュアスケートに身を捧げ、勝っても負けても、気持ちを揺さぶる物語を構築できた。それはゾルトラークに匹敵する魔法だったのである。
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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