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宮原知子のトップスケーターへの道のり 「涙が出るくらい謙虚に練習する子」が見せたガッツポーズ

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

連載・日本人フィギュアスケーターの軌跡
第11回 宮原知子 前編(全2回)

 まもなく開幕するミラノ・コルティナ五輪に合わせて、21世紀の五輪(2002年ソルトレイクシティ大会〜2022年北京大会)に出場した日本人フィギュアスケーターの活躍や苦悩を振り返る本連載。

 第11回は、2018年平昌五輪に出場した宮原知子の軌跡を振り返る。前編は、ジュニア時代から頭角を現し、シニアデビュー後に世界のトップスケーターへと駆け上がっていくキャリア前半について。

2016年GPファイナルで2位に入った宮原知子 photo by Kyodo News2016年GPファイナルで2位に入った宮原知子 photo by Kyodo Newsこの記事に関連する写真を見る

【全日本初優勝で「自分でもできるんだ......」】

 2011年に13歳で全日本ジュニア選手権を初制覇し、初出場の世界ジュニア選手権では4位に入った宮原知子。翌2012−2013シーズンはジュニアGPシリーズで初勝利してジュニアGPファイナルに初進出し、全日本ジュニアを連覇。全日本選手権でも浅田真央と村上佳菜子に次ぐ3位と、結果を積み上げていった。

 そしてソチ五輪がある2013−2014シーズンにシニアに移行。全日本4位で初の五輪代表には届かなかったが、初出場の四大陸選手権で自己最高得点となる186.53点を出して2位に。このシーズン後に五輪出場した鈴木明子が引退し、浅田は1年間の休養を表明したなか、宮原は村上とともに日本女子を牽引するひとりとして期待される立場になった。

 2014−2015シーズンはそんな期待に応える演技を見せた。

 GPシリーズのカナダ大会で3位に入って初表彰台を果たすと、NHK杯も3位に。GPファイナル進出争いでは、同ポイントながらロシア大会で優勝していたライバル・本郷理華に先を越されたが、全日本選手権はフリーでは演技後半にダブルアクセル+3回転トーループを2本入れるスタミナを見せ、非公認記録ながら(国際大会ではないため)195.60点で初優勝を果たした。

 宮原を指導する濱田美栄コーチはその活躍に「涙が出るくらい謙虚に練習をする子なので、ドキドキしながらもちゃんとやってくれると思っていました」と喜んだ。

 そして宮原はジャンプの課題を口にしながらも、「全日本の優勝は『自分でもこのくらいできるんだ』という自信になりました。すごくうれしいけど、次の試合に向けて頑張らなければいけないという気持ちも強いです」と話し、喜びをのぞかせた。

 宮原の勢いは年が明けても失速しなかった。四大陸選手権で前年に続く2位。世界選手権はショートプログラム(SP)をノーミスの自己最高得点で3位発進すると、フリーでもミスを後半の3回転ルッツだけに抑える。フリーは4位だったが、合計193.60点とし、GPファイナル2位のエレーナ・ラジオノワ(ロシア)との僅差の勝負を制し、エリザベータ・トゥクタミシェワ(ロシア)に次ぐ2位に入った。

「後半のルッツの失敗が悔しい」と宮原は口にしたが、笑顔も見せた。

「全日本はメダルを考えていましたが、世界選手権はメダルを獲れると思っていなかったのでビックリしました。いろいろな選手に『おめでとう』と言ってもらってすごくうれしかったです。少しずつ自分も上達しているのだと思う。3年後の五輪に向けていいスタートが切れたので、このまま自信をつけて頑張りたいです」

 また宮原は躍進を遂げたこのシーズンをこう振り返った。

「年明けは足の痛みが出て練習量を少し落としましたが、コツコツ練習を積んできた分、少し休んでもできるんだという自信にもなりましたし、そういう練習法もあるんだと勉強にもなりました。世界選手権では、ジュニアで負け続けていたラジオノワ選手に勝つことは想像もしてなかったけど、これから勝つ回数をどんどん増やせるように頑張りたいです。来季は勢いのあるジュニアの選手に負けてはいられないというのもありますが、自分ができることを毎日しっかりやれば大丈夫だと思うので、これまでと変わらない目標を持って練習していきたいです」

 村上が思うような結果を出せないなか、宮原は日本女子を引っ張る立場になった。翌シーズンへ向けては「これまでとは逆に追われる立場になったと思いますが、浅田選手が戻ってくることでまた追うことができるのですごくよかった」と明るい笑顔を見せていた。

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著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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