「リンクに立っていていいのか...」安藤美姫が苦境を乗り越え五輪で見せた心の成長「感謝の気持ちをこめて」 (4ページ目)
【フィギュアスケート女子新時代の立役者】
翌2010−2011年シーズンは、重荷から解放されたようなはつらつとした姿を見せた。GPシリーズで連勝すると、GPファイナルは総合5位ながらフリーでは1位になる意地を見せた。
そして、全日本選手権で3度目の優勝を果たすと、四大陸選手権は自身初の公認200点台となる201.34点で優勝。東日本大震災のために4月開催になった世界選手権は、キムをフリーで逆転して2度目の王座獲得と輝くシーズンにした。
その後の2シーズンは休養と、諸事情からの公式戦欠場というブランクを過ごしたが、2013−2014のソチ五輪シーズンに復帰。国際大会3試合のあと、3度目の五輪代表に挑んだ全日本選手権は7位に終わり、それが彼女の現役最後の試合になった。
フィギュアスケート女子の新時代を切り拓いたひとりである安藤美姫。その競技生活は、強烈な印象を残してくれた。
終わり
<プロフィール>
安藤美姫 あんどう・みき/1987年、愛知県名古屋市生まれ。14歳で出場した2002年ジュニアGPファイナルで、女子史上初となる4回転サルコウ成功。五輪には2006年トリノ大会、2010年バンクーバー大会に出場。世界選手権は2回、全日本選手権は3回優勝。2013年の全日本選手権を最後に引退。現在はプロフィギュアスケーターとしてアイスショーなどに出演している。
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。
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