小説『アイスリンクの導き』第10話 「先輩」 (4ページ目)
「その糸はさ、業のようになってつながっている。それは選手個人でどうこうできないほどに強力な結びつきで、何世代も超えたスケーターたちからのつながりだから。その業が、今回は翔平をリンクに戻る道筋を作ったのかもしれない。これも運命なんだな」
坂本は饒舌に言った。ピッチが速く、さっき届いた焼酎が空になっていた。
「同じのでいいですか?」
翔平が気を利かせて、店員を呼んで注文した。その間、坂本は串焼きを串から丁寧に外していた。
「4年ぶりの現役復帰でも、翔平のことだからコンポーネンツのスコアは取れる。けど、ジャンプは若い頃のようには跳べないだろ? 膝の怖さもあるし」
坂本はつくねを口に入れながら言った。
「マジで、ジャンプはきついっすね。瞬発力はどうしても落ちているんで。フリーも後半は体力が続かずに息が上がってぼろが出ます」
「だよな、ジュニアの子たちがぴょんぴょん跳んでるの見ると、ずるいよって思うもん」
「自分の時代ではないっていうのは知っています」
「そこに抗うのが星野翔平だから」
坂本は楽しそうに言った。
「まあ、マゾですよ。でも、ようやくスケートを好きって言えるくらいには好きになりました。これまでは、まだまだその資格がない、って気がしていたから」
「おいおい、アジア人初の世界王者にまでなった翔平がそれだったら、俺はどうするんだよ。おちおちテレビ解説だってする資格がない」
坂本はそう言って笑った。
「自分にとってはスケートが人生なんですよ。ありがちなフレーズで、『今はスケートが恋人です』みたいなのあるじゃないですか? 僕には、その表現は足りなくて。スケートが人生そのものだから、あるだけで十分というか。お世話になってきた人や坂本さんや凌太や陸やたくさんのライバルたち、自分の姿に声援を送ってくれるファンの人たち。みんなに出会えたのも、スケーターだったからなんです。これ以上、何か望んだら罰が当たりますよ」
翔平はそう言って、手羽先にかぶりついた。
「お前らしい律儀な考え方だ」
「自分は、今もスケートの熱に浮かされているだけなのかもしれません。でも、熱がなかったら何もできないじゃないですか。熱に浮かされるのは幸せですよ。周りから見てバカに見えても。熱に浮かされているんだから、バカってのも間違っていないし」
翔平は自嘲気味に言った。
「俺は、そういう翔平が好きだよ。人生はパッションだよな、そこを日々の暮らしにかまけて忘れそうになっちまうけどな。なんで生きているんだっけ? って。もちろん、俺はもう家族がいるし、そのために、っていう責任はあるけど、人生には楽しいだけでいいじゃん、っていうパッションもないと」
「今は凌太と、ジャンプの練習をみっちりやっているんです。僕、もともとトーループ、フリップ、ルッツは得意じゃないですか? 4回転ルッツは高難度で得点も高いし、それの精度も上げているんですが。凌太が『不得意にしているループやサルコウをマスターしないか?』って」
「どういうこと?」
坂本が先を促した。
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