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小説『アイスリンクの導き』第10話 「先輩」 (2ページ目)

「古傷は古い友達って感じか」

 近畿選手権後、夕食会で坂本大志が席に着くなり言っていたのを思い出した。

「悪友になっちゃったんですけどね」

 翔平は心を許す先輩と向かい合わせに座って軽く応じた。

 復帰をした翔平をテレビのスポーツ番組のコーナーで特集することになり、そのインタビュアーが坂本だった。事前に連絡を取って、夜の会食を約束した。

 北海道出身の坂本は大らかな先輩肌の人で、後輩たちから慕われていた。翔平も親交が厚かった。日本男子フィギュアスケート界をずっと支えてきた人物だ。

「俺はプリン体がダメだから、えっと、鹿児島の芋焼酎を水割りで。枝豆、刺身の盛り合わせ、串盛り、カリカリじゃこのせ大根サラダ。あと、このふっくら卵焼きも。翔平はウーロン茶でよかったよな?」

 坂本はテキパキと言い、「他もあったら、頼めよ」とメニューを翔平に渡しながら、店員を呼び出すボタンを押した。

「一緒に飲みたいところですが、シーズン中なんで」

 翔平の個人スポンサーになってくれている外食チェーンで、個室の予約を取ってもらっていた。友人や関係者やスタッフとの打ち合わせから打ち上げまで、融通が利くので助かった。瀬戸内海の新鮮な魚や大山の鶏など西日本を中心に大きくなっている会社で、居酒屋、レストランなどさまざまな形態で食事を提供していた。

「それにしても、まさかだよな。30歳を越えて現役復帰。また、歴史作っちゃったじゃん」

 坂本は店員に手早く注文してから言った。

「坂本さんもどうっすか?」

「バカ、お前もそんな冗談を言うようになったか。四十のおじさんをからかうなよ」

 坂本は大きく口を開けて笑った。

 翔平が19歳の時に初めて出場したモスクワ五輪で、二人は共に戦っている。坂本はロシアの皇帝バレリー・アルシャビンに敗れるなど、4位で惜しくもメダルを逃した。アジア人男子シングルで初の表彰台に近づいたが、一歩届かなかった。

「僕は感動しました」

 その大会後に翔平が言うと、坂本はいつになく真剣な表情になった。

「いや、違うぞ、俺が悔しがる姿を目に焼き付けろ。翔平が日本男子フィギュアスケートの歴史を変えるんだよ。惜しいのは、俺が最後でいい」

 坂本の言葉に、翔平は泣きべそをかいて何も返せなかった。坂本がどれだけ必死に戦いに挑んでいたか、を知っていたし、メダルを取った選手とそうでない選手の間に、残酷な差があるのも知っていたからだ。メダルに手が届かないと、国内ではほとんど報道もされない。

 坂本の無念こそ、翔平がミラノ五輪で金メダルを勝ち取る原動力になった。

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