【40代現役アスリートの矜持】「"負け"に負けなかったことは、人生の糧に」近藤明広が20年のプロボクサー生活を継続できた理由 (2ページ目)
【ボクシングに向き合い続ける理由】
イメージに体がついてこない。試合では初めての経験だった。実は練習から薄々気づいていた。網膜剥離が治癒したあと、トレーニングを再開しても、いつものように足が動かず、スパーリングでも調子の悪い日のほうが多かったという。毎日のように欠かさず練習をしているため、急激な体力の低下は感じていないものの、徐々に衰えているのは認めざるを得ない。
「パンチへの反応速度は少し遅くなっていました。スパーでは網膜剥離の再発が怖くて、恐る恐るやっていたのもあります。でも、その恐怖を乗り越えて、試合に臨めれば、達成感を得られるという思いもありました」
気力はあふれていた。サンドバッグ・ラッシュをしても、ランナーズハイのような状態になり、まったく疲れを感じない。肩の痛みを感じるまで打ち続けた。もちろん、海外での世界挑戦の前でモチベーションが高かったこともある。ただ、近藤の場合、試合が決まっていない時期でも、練習に取り組む姿勢は変わらない。昼間の仕事に追われても、ジムで汗を流し続けてきた。
何がそこまで駆り立てるのだろうか。どこか遠くを見つめるような表情を浮かべ、ゆっくり口を開く。
「20代の頃に思うような試合が決まらず、ふて腐れて練習をしなかった時期があったんです。当時の自分に『練習しながら悩めよ』と言ってやりたいです。結局、前のジムから移籍しようとしたのですが、それもうまくいかなくて......」
まだ自由に移籍できなかった時代である。単身でタイに渡ったが、練習する場所もなく、公園で体を動かしていた。いつになっても、その苦い記憶が消えることはない。40歳を超えても、競技に打ち込める現状に充実感を覚えている。
「僕はボクシングをしたくても、できない時期があったので。(28歳で)一力ジムに来てからは、サンドバッグを叩き、ミットに向かって、パンチを打つだけでも幸せなんです。本当に楽しくて。1週間後に試合が決まってもいいように練習はさぼらずにやってきました」
目の前の目標がなくても、嬉々としてジムワークに励んでいると、若手ボクサーから相談を受けることもある。希望するような試合が決まらず、ジムから足が遠のく選手も珍しくない。彼らに最初にアドバイスすることはひとつ。
「『まず練習しようか』と。モチベーションが下がるのも理解できますけど、そういうときこそ、やらないといけません。"ボクシングの神様"は見ているよって、言うんです」
競技をやりたくてもできなかった時期の経験が現在のモチベーションになっている photo by Shogo Murakami
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