【プロレス】アントニオ猪木の失神KO負けに、藤原喜明は「あぁ、芝居してるな」 その後のクーデター事件も振り返った (2ページ目)
この「IWGP」は、全28戦がすべて超満員と、新日本人気を象徴するシリーズとなった。そんなリーグ戦を勝ち抜いたのは、日本代表の猪木と米国代表のハルク・ホーガン。両者は6月2日、蔵前国技館での決勝で激突したが、猪木がエプロンでホーガンのアックスボンバーを食らって場外に転落し、失神した。
セコンドを務めた坂口征二たちによってリングに無理やり戻された猪木だったが、舌を出したまま動かず、そのままホーガンがKO勝利するまさかの結末となった。猪木はそのまま都内の病院へ救急車で搬送され、その日の夜には各テレビ局のニュース番組で「猪木救急搬送」と報じられ、日本中が騒然となった。
藤原はセコンドでこの一戦を見守ったが、猪木が「舌出し」をする姿を冷静に見つめていた。
「猪木さん、舌を出していただろ? 俺はすぐそばで見たけど、舌先に力が入っていたんだよ。だから、すぐに俺はわかったよ。『あぁ、猪木さん、芝居してるな』って」
【人気絶頂のタイガーマスクの引退】
リングサイド、さらには猪木が救急搬送された後の控室では、副社長の坂口が「大変だ! 大変だ!」と狼狽していたという。
「俺は坂口さんに『何年、プロレスラーやっているんですか?』って言ったよ。そしたら、『バカ野郎! 大変なんだ!』って怒鳴られたけどな。後で、坂口さんは人間不信になって、出社しないでハワイへ行ってたって聞いたよ」
今も謎に包まれる、猪木の舌出し失神。まさかの敗北を喫した理由を、藤原はこう予想した。
「猪木さんが、ホーガンをさらに売り出そうと思ったんじゃないかな。ホーガンはハートがいいヤツでな。一生懸命やってたから、スターにしようと考えたのかもな」
ホーガンは翌1984年1月にWWF(現WWE)世界ヘビー級王者を獲得。全米でスーパースターになった。世界のプロレス界に多大な功績を残したホーガンは、昨年7月24日に71歳で急逝した。
「猪木さんに勝ったあと、世界的なスーパースターになったよな。アイツは俺のことを、英語で関節技のことを意味する『フッカー』って呼んでたよ。真面目で素直な男だったな。性格の悪いヤツは、一時はうまくいっても、どっかでつまずくものなんだ。ホーガンがあれだけの成功を収めたってことは、真面目で素直なところは変わらなかったってことだと思うよ」
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