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【プロレス】前田日明とアンドレの「不穏試合」で藤原喜明が思い出す、リングサイドから叫んだ瞬間 (3ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

【前田との不穏試合で藤原が叫んだこと】

 アンドレといえば、藤原がUWFへ移籍して新日本に参戦していた1986年4月29日に、三重県津市体育館で行なわれた前田日明との"不穏試合"が語り継がれている。

 この試合、アンドレが前田の技を受けつけず、グラウンドで潰しにかかった。しかし前田は窮地を脱し、ローキックを連打するとアンドレが仰向けに倒れ、無効試合となった。試合中、猪木は控室を飛び出してリングサイドに登場したが、藤原もリングサイドに駆け寄って試合を見守った。

「あの試合は、誰かがアンドレを焚きつけたんだろうね。あの頃の前田は生意気だったからな。焚きつけたのは猪木さんではないんだけど、誰かは俺もわからん。もしかすると、アンドレが前田のことを嫌いだったかもしれねぇな。いずれにせよ、どうしてあんな試合になったかは謎だよ」

 藤原は、アンドレが前田を潰しにかかったことがわかった瞬間があったという。

「アンドレが、うつ伏せになった前田にガバッと覆いかぶさって、窒息させようとしたんだよ。俺は『アッ! やる気だな』と思ったな。幸い前田は、体が柔らかかったから難を逃れたけど、体が硬いヤツなら窒息してたよ」

 アンドレの"やる気"を察した藤原は、リングサイドから「前田、行け!」と声を出した。

「アイツに『重心がかかったほうの膝を正面から蹴れ』って言ったんだ。体の大きいやつは重心を素早く変えることが得意じゃないからな。練習の時からやっていたよ」

 前田の蹴りにアンドレが倒れ、試合は無効試合になった。この一戦は、収録されてテレビ放送を予定していたが、テレビ朝日は"お蔵入り"の判断を下した。

「リングでは何があるかわからない。『やられたらやり返せ』っていうゴッチさんの教えを、前田が守ったってことだったな」

 そう振り返った藤原に、アンドレ以外の印象に残っている外国人レスラーを聞くと、「ダイナマイト・キッドだな」と即答した。

 キッドはイギリス生まれで、17歳でデビュー。1979年に国際プロレスで初来日し、80年から新日本に参戦した。

 身長173cm、カミソリのような鋭い攻撃と、真っ向から相手の技を受ける勇気あふれる果敢なスタイルで"爆弾小僧"と呼ばれた。藤波辰巳、タイガーマスクらジュニアのトップ選手と名勝負を残し、WWF(現WWE)でも活躍した。

「キッドは巧かったな。瞬発力もすさまじかったし、すべてにおいてタイミングが抜群だったよ。これは俺だけじゃなくて、対戦したことがあるやつなら『一番の相手は?』って聞かれたら誰でもキッドの名を挙げると思うよ」

 そんな外国人レスラーと闘っていた藤原だが、1983年、新日本に激震が走る。

(敬称略)

つづく

【プロフィール】

藤原喜明(ふじわら・よしあき)

1949年4月27日生まれ、岩手県出身。1972年11月2日に23歳で新日本プロレスに入門し、その10日後に藤波辰巳戦でデビュー。カール・ゴッチに師事し、サブミッションレスリングに傾倒したことから「関節技の鬼」として知られる。1991年には藤原組を旗揚げ。現在も現役レスラーとして活躍するほか、俳優やナレーター、声優などでも活動している。陶芸、盆栽、イラストなど特技も多彩。

【写真】ケンコバのプロレス連載 試合フォトギャラリー

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