【ボクシング】日本人初のウェルター級世界王者を目指す佐々木尽 体重超過での惨敗に「やめるべきだ」と考えた日 (3ページ目)
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ある晩、久しぶりに外へ出てみた。足は自然と動き始め、徐々にペースも上がった。
晩秋の空気は冷たく、乾いていた。
風が頬に触れる。街灯の明かりがアスファルトに細い影を落としていた。
イヤホンを耳に装着し、スマートフォンを操作して音楽を探した。
静かな導入。そして、暗闇を切り裂くギターの音。
ペースをさらに上げて走った。
体の中で響き渡る、『The Beginning』の旋律。心を揺さぶる歌詞。
自分も、このまま終わらせることはできない。何度くたばり、朽ち果てたとしても。
尽は自問自答を繰り返した。
ここで逃げるのか、と――。
ボクシングを続ける資格はない。それは、わかっている。
でも、このままやめたら一生、自分自身を許せなくなる。
足が止まりかけた。息を大きく吐いて、もう一度、踏み出して走り始めた。呼吸が荒くなるにつれ、胸の奥に押し込めていたさまざまな感情が浮かび上がった。
冷たい夜風が肺に入り、苦しくなった。だが、苦しくても、身体は前へ前へと進んでいる。
尽は思った。
「もう一度、リングに立つ。誰のためでもなく、自分自身のために。自分も、このままでは終われない」と。
2022年4月22日、東京・後楽園ホール――。
復帰戦は、5回TKO勝利。以降はウェルター級へと転向し、国内実力者を次々とキャンバスに沈めた。WBOアジアパシフィック、そして、OPBF東洋太平洋王座を獲得し、チャンピオンベルトは3本に増えた。
一撃で相手を沈める、破壊力ある左フック。
それはやがて、「佐々木尽」というボクサーの代名詞となり、人気ボクサーへと押し上げた。
2025年6月19日――。ついに夢の扉を開けた。
WBO世界ウェルター級タイトルマッチ。
日本人ボクサー前人未到、世界ウェルター級王座挑戦。
あの日、絶望の淵で聴いた『The Beginning』。
暗闇のなか、走り続けながら心に刻んだ誓いを示す時。
しかし――。
夢は砕け散る。
著者プロフィール
会津泰成 (あいず やすなり)
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサー入社。プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継担当。99年に退社しライターに。第10回Numberスポーツノンフィクション新人賞受賞。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。
【写真】日本人未踏、ウェルター級世界王者を目指す佐々木尽
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