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【プロレス】藤原喜明が振り返る、坂口征二と大物ルーキー・長州力の新日本プロレス入団「俺にジェラシーなんかあるわけがない」 (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by 東京スポーツ/アフロ

【長州力の練習を見て「天才だ」】

 坂口が入団した翌年には、アマチュアレスリングから大物新人が入団した。吉田光雄、のちの長州力だ。

 長州は専修大レスリング部時代、1971年の全日本学生選手権グレコローマン90kg級で優勝。1972年のミュンヘン五輪に出場するなど実績を積んでいた。オリンピックに出場した選手が新日本に入団するのは初めてで、団体にはさらに活気がみなぎった。藤原は、道場で入団間もない長州の練習を見た時、「天才だ」と思ったという。

「スパーリングはあまりやらなかったけど、体つきもすばらしいし、一つひとつの動きがうまかった。向こうは、入団してすぐにマスコミに騒がれたけど、俺にジェラシーなんかあるわけがない。なんたってオリンピック選手だからな。岩手の農家で生まれ育った俺なんか比較にならねぇよ」

 入団間もない頃の長州を、そう回想した藤原だが、その約10年後に、雪の札幌で襲撃する大事件を起こすことになるのだが......それはこの連載の別のエピソードで紹介する。

 長州が入団した翌年、藤原がスポットライトを浴びる時がくる。若手選手たちによるリーグ戦「第2回カール・ゴッチ杯」で優勝したのだ。1974年にスタートしたゴッチの優勝者には、海外遠征の切符が約束されており、第1回は藤波辰巳(現・辰爾)が優勝して西ドイツへと旅立った。藤原が優勝した第2回は、ほかに荒川真、小沢正志、木村たかし、栗栖正伸、小林邦昭が参加した。ただ、藤原の記憶はあいまいだった。

「ゴッチ杯で優勝? あぁ、そんなこともあったな。別に思い出はないよ。優勝するのは当たり前だと思っていた。それだけだよ」

 優勝戦は木村たかしとの対戦だった。木村について尋ねると、「覚えてねぇな......」と黙り込んだ。

 ゴッチ杯で優勝した藤原だったが、藤波のように海外武者修行に出ることはなかった。リーグ戦制覇で一時的に脚光を浴びたが、再び前座で黙々と試合を行ない、道場で練習する日々だった。

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