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井上尚弥に挑む代役挑戦者の豪州人トレーナーに聞くキム・イェジュン(韓国)の強さと大一番への思い (2ページ目)

  • 杉浦大介●取材・文 text by Sugiura Daisuke

【「勝つためには、井上をノックアウトしなければならない」】

 私が出会った時のイェジュンはまだオーソドックススタンスで戦っていたが、2022年に右肩に受けた手術後に彼自身がサウスポー転向を決断した。今ではサウスポーが主体だが、両スタンスを上手にこなせるし、どちらからでも強いパンチが打てる。たいていのボクサーはどちらかの手がパワーパンチだが、左右両方の構えで同じようにパワーが生み出せることが、彼の武器になっていると思う。

 これまで7戦全勝という、イェジュンの日本人ボクサーへの強さが話題になってきた。ボクシングには"Style makes fight(勝負はそれぞれのスタイル次第)"という言葉があるが、彼には日本人のスタイルがフィットするのだと思う。オーストラリアの選手はジャブを使って動くボクサーが多いが、日本人選手はアマ仕込みの選手であっても果敢に前に出てくる。そういったタイプはスタイル的にイェジュンにはやりにくくはないのだろう。

 とはいえ、井上がすばらしいボクサーであることには、もちろん否定の余地はない。パウンド・フォー・パウンド最高級の実力を持っており、欠点の見当たらないすごいボクサー、文句はつけられないよ。

 それほどのチャンピオンから対戦オファーを受け取り、即座に「Yes, let's go!」と答えたイェジュンをまずは讃えなければならない。これほど短い準備期間で井上のようなボクサーと対戦するのがどれだけ大変なことか。そもそも対戦を承諾しない選手もたくさんいるのだろうが、イェジュンは躊躇もしなかった。

 詳しいファイトプランはここでは明かせないが、私たちは(勝つために)井上をノックアウトしなければならないとだけは言っておきたい。打ち合いを挑むつもりだ。イェジュンは仕掛けていく気であり、第1ラウンドが終わる頃には見えてくるものがあると思うが、そこからまたしっかりと適応しなければいけない。

 井上のような選手とのミックスアップ(打ち合い)はもちろん簡単なことではないが、勝利を目指して全力を尽くさなければならない。

 負けるために日本まで来たわけではない。イェジュンは戦うためにリングに立つんだ。

 私はブリスベンを拠点に、もう20年以上もトレーナーを務め、多くの成功を収めてきた。今では海外チームのスタッフとして外国人選手を担当し、世界タイトルに挑戦する選手も育ててきた。そんな私もイェジュンとともに今回のプロセスを楽しんでいるよ。世界最高級の選手を相手に戦い、4団体統一王者に挑める機会なんてなかなかあることではない。だから楽しまなければいけない。

 そして、イェジュンはできる限りのことをやってくれると信じている。彼のことをよく知らないファンばかりだろうから、実際にその戦いを見たら驚くだろう。しっかりとしたスキルと底力を持っており、そうでなかったら私はオーストラリアに迎え入れたりはしなかった。"パックウェザー"といったニックネームが定着したのは攻守両面に秀でたオールラウンダーだから。非常にタフなコリアンファイターであり、これまでKO負けどころか、ダウン経験もない。

 イェジュンにはただ持っている力を存分に発揮してほしい。ボクシングでは何でも起こり得るスポーツだ。世界を驚かせるために、私たちはリング上でベストを尽くすということだけは約束しておきたい。

著者プロフィール

  • 杉浦大介

    杉浦大介 (すぎうら・だいすけ)

    すぎうら・だいすけ 東京都生まれ。高校球児からアマチュアボクサーを経て大学卒業と同時に渡米。ニューヨークでフリーライターになる。現在はNBA、MLB、NFL、ボクシングなどを中心に精力的に取材活動を行なう

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