井上尚弥の父・真吾トレーナーが「怪物」と次男・拓真を最強にすべく費やした25年間の不断の努力と熱意 (3ページ目)
【ネリ戦の作戦は「ありません」と父は言う】
井上真吾トレーナーに、過去・現在の偉大なボクシングファミリー以上の実績があると断言できる理由は、あくまでも井上尚弥の存在による。
井上尚弥ほどに精緻に組み立てられたボクサーを、私はかつて知らない。26戦全勝23KO、世界戦21勝19KOと驚異のKO率を持っていても、決してパワーパンチだけのボクサーではない。スピード豊かで、技術的な展開力に優れ、インテリジェンスが生み出すペースメイクも一級品だ。過去の偉大な選手たちのテイストを含め、現時点の技術の潮流もしっかり把握している。もはや、真吾トレーナーも具体的なアドバイスをしないほどの域に達しているという。
「スパーリングでカバー(ブロック)が遅れたり、打ち終わりにサイドへのステップをしなかったりしたときに注意するくらいです。リスクを冒させたくないんで。親としては」
チーフセコンドにつく試合中も、展開の流れを見ながらひと言ふた言伝える程度だ。
「(そのときどき)何を言ったのか、映像を見ながらでないと思い出せないんですが」
数少ない記憶からすくい取ってもらった助言。バンタム級の4団体統一を果たしたポール・バトラー(イギリス)戦ではこうだ。
3回開始前、「ちょっと脅かしてみようか」。尚弥はバトラーをコーナーに追い詰め、振りかざしたまさかりを打ち込むような右のビッグパンチで迫った。それでも出てこない相手に7回開始前は「少し誘ってみよう。ガードだけは気をつけて」。両手を下げたり、上体をくねらせながら相手の背後に回り込んだり、果ては両手を後ろ手に結んでアゴを突き出した。歴代のディフェンスマスターが演じてきた"名技"をすらすらと再現して見せた。
どうして、これほどのことができる?
「井上尚弥ですから」
真吾トレーナーの得意満面も当然か。だったら、その息子には間近に迫ったルイス・ネリ(メキシコ)との一戦に、どんな形で立ち向かわせる?
「作戦はありません」
ビシッと言い切った。
「井上尚弥でいいんです。世界中の誰も尚弥には勝てません」
尚弥、拓真を、最強のボクサーにするため、25年間、不断の努力と熱意で費やした日々があるから、そう言える。
著者プロフィール
宮崎正博 (みやざき・まさひろ)
20代からボクシングの取材、執筆を開始。1984年にベースボール・マガジン社に入社して『ボクシング・マガジン』編集部に配属。1996年にフリーランスに転じ、野球をはじめとするスポーツ全般を取材し、CS放送のボクシング番組の解説も務める。2004年に『ボクシング・マガジン』に復帰し、編集長を経てフリーランスに。現在、山口県山口市在住。
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