井上尚弥のパンチングパワーの秘密 八重樫東&鈴木康弘トレーナーが驚嘆する「力と型」 (2ページ目)
【5階級差も乗り越える】
今年5月から正式にジムトレーナーとして加わった鈴木氏は、2012年ロンドン五輪ウェルター級の日本代表。地元・札幌で後進の指導にあたっていたが、「浩樹のトレーニングを見てもらえませんか?」と尚弥から直々に誘いを受けて一念発起した。高校時代の尚弥とは、全日本メンバーとして寝食を共にした間柄で、浩樹は拓大の後輩でもある。
当初こそ浩樹へのマンツーマン指導をしていたが、そのバラエティに富んだメニューに八重樫トレーナーが着眼。「マンネリにならないよう、常に新しいことをさせたい」という意思に基づき、"八重トレ"やジムワークとの連動トレーニングを共有するに至った。井上トリオのみならず、4回戦の選手も含め、誰彼構わず巻き込んでいる。ジム内には野獣の咆哮や悲鳴が轟くが、選手たちは「めちゃめちゃキツイけど、良い練習です」と心地よさげに大量の汗を流す。ウズベキスタン、カザフスタン、キューバなど、アマチュア大国が行なっているトレーニングメニューが礎なのだそうだ。
「自衛隊体育学校時代の師匠、本博国監督に現役時代、僕が課されていたメニューなんです。僕は6、7セットやっていたんですが、八重樫先輩は『じゃあ10セットやらせよう』って(笑)」
尚弥は高校時代から「パンチ力もフィジカルもバケモンだった」と振り返るが、久しぶりに会った彼には腰を抜かすことの連続だという。
「バランスボールをお互いの間に挟んで押し合うメニューがあるんですが、フィジカルに自信のある僕が負けてしまう。どれだけ足腰が強いんだ......って」
スーパーバンタム級(53.53kg~55.34kg)vs.ウェルター級(63.51kg~66.68kg)超。5階級差。普通では"ありえない"話だ。
6歳からボクシングを始め、今年で25年目を迎えている井上尚弥。彼が、いまもなお最も大切にしているのが「フォーム」である。
足先から指の先まで、数センチ単位で美しさにこだわる。シャドーボクシングで入念にチェックし、自分にとって正しいバランス、タイミング、角度で、打っては動き、を丁寧に繰り返す。その姿は名工の鉋削りのごとき職人技。何度見ても、吸い込まれてしまう。
そしてもうひとつ。彼には強いこだわりがある。
「たとえばパンチ一発や腕立て伏せ1回にしても、ひとつも無駄にはしたくないんです。だって、それが1度の練習、1週間、1カ月、半年、1年......って時間が経過すると、そのたった1度をしっかりやらなかった人との差って、ものすごく開いてしまうから」
尚弥が昔から常々語ってきた言葉だ。裏を返せば、彼は1度たりとも無駄にしてこなかったという宣言でもある。この積み重ねこそが、"モンスターたるゆえん"なのだとつくづく敬服する。
「当たり前のことを当たり前にやる」
最も困難で、尊いことである。
著者プロフィール
本間 暁 (ほんま・あきら)
1972年、埼玉県生まれ。専門誌『ワールド・ボクシング』、『ボクシング・マガジン』編集記者を経て、2022年からフリーランスのボクシング記者。WEBマガジン『THE BOXERS』、『ボクシング・ビート』誌、『ボクシング・マガジン特別号』等に寄稿。note『闘辞苑TOUJIEN』運営。
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