猪木vsアリ戦で「ルールの詳細を視聴者に明かせなかった」実況アナ 「猪木にはこの戦法しかありません」と伝えられなかった (2ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji
  • photo by Sankei Visual

【「猪木さんが攻める方法はこれしかない」】

 解説を務めたのは、『スポーツニッポン』の記者で、元プロボクサーの後藤秀夫。早稲田大ボクシング部出身の後藤は、日本フェザー級王者になった元プロボクサーで、当初はボクシング側の視点で解説してもらう予定での起用だった。

 だが、ほぼすべてのプロレス技が禁止された試合のルールを、番組プロデューサーから「猪木に圧倒的に不利だから、それを視聴者に知らせたら盛り下がる」という理由で説明できなかったため、舟橋は実況で苦しむことになる。

「ルールの詳細を視聴者に明かせないので、後藤さんにもどういった視点で話を振ればいいのか戸惑ってしまったんです。ですから、試合前に『今回は解説者とは会話ができない』と腹を括りました。『目の前で起きたリング上の2人の動きを、そのまま実況していくしかない』と」

 そんな中、運命のゴングが鳴った。瞬間、猪木がコーナーから小走りに飛び出て、スライディングしながらのアリの左足を狙って右のキックを放つ。しかしアリは、その蹴りを寸前にかわした。

 ゴング直後に猪木が放ったこの攻撃を見た舟橋は、実況をしながらこう思ったという。

「ルール上、『猪木さんが攻める方法はこれしかないんだな』と思いました。猪木さんは『蝶のように舞う』と評された、アリの華麗なフットワークをつぶす戦法なんだなと。だけど、繰り返しますがルールの詳細は視聴者に明かせませんから、実況で『猪木にはこの戦法しかありません』と伝えることはできませんでした」

 それ以降、猪木は仰向けになり、後に「アリキック」と呼ばれる蹴りを放ち続ける攻めに徹した。

「いったい、このキックはどこまで続くのか。果たして最後まで続くのか。そう疑いながら実況しました。試合前の予想通り、解説の後藤さんとはまともな会話はできなかったと思います。ただひたすら、リング上で起きる事実を話し続ける。長いアナウンサー生活で、あんな試合は初めてでした」

 試合は、猪木がアリキックを放ち、アリが「立ち上がれ!」と挑発する単調な攻防が続いた。しかし舟橋は、ラウンドを重ねるごとに、猪木の蹴りを受け続けたアリの左足の太ももが赤色、さらに紫へと変わっていくのに気づいていた。

「この試合の時点で、アリは同年の9月にケン・ノートンと防衛戦をやることが決まっていたんです。ですから、色が変わっていくアリの太ももを見ながら、『この試合の勝敗がどうなるかはわからないけど、相当なダメージが残る。ケン・ノートンとの試合はどうなるんだろう?』という心配が頭をよぎったことを覚えています」

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