2017.09.01

【国際プロレス伝】「チェーン・
デスマッチの鬼」がリングから消えた日

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya

【第16回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

 1977年2月、アニマル浜口グレート草津とタッグを組み、自身初となるビッグタイトルを獲得する。しかし、兄貴分と慕った草津との別れは急に訪れた。国際プロレスが解散してから36年。今年8月で70歳となるアニマル浜口の脳裏によぎる想いとは――。

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酒を酌み交わすアニマル浜口(左)、吉原功社長(中央)、グレート草津(右)「国際プロレス四天王」のひとり・グレート草津(5)

 アメリカから戻ったグレート草津は、直後の1972年6月30日、岐阜市民センターでバロン・シクルナと自身初の金網デスマッチを挙行した。そして11月27日には愛知県体育館でストロング小林と組み、WWA世界タッグチャンピオンのディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーに挑戦。この試合は、史上初の金網タッグ・デスマッチだった。

 さらに1974年7月1日、福岡・九電記念体育館では日本初のテキサス・チェーン・デスマッチ(※)でザ・キラーを撃破する。「金網デスマッチの鬼」ラッシャー木村に対し、グレート草津は「チェーン・デスマッチの鬼」として人気を集めた。

※テキサス・チェーン・デスマッチ=お互いの手首を鎖でつないだ状態で戦い、10カウントノックアウトとギブアップのみで勝敗が決まるルール。

 また、草津はサンダー杉山、ストロング小林、ラッシャー木村、マイティ井上をパートナーとして、IWA世界タッグ王座を何度も奪取した。1977年3月26日には、1ヵ月前に2度目の海外遠征から帰国したアニマル浜口とタッグを組み、東京・蔵前国技館でクルト・フォン・ヘス&ビッグ・ジョン・クインを破ってIWA世界タッグチャンピオンに返り咲く。浜口にとっては、初のビッグタイトル獲得だった。