男子柔道、全階級でメダル。井上康生が見せた指導者としての才覚 (3ページ目)

  • 柳川悠二●文 text by Yanagawa Yuji
  • photo by JMPA

 井上が監督になり、女子監督の南條充寿とともにまず取り組んだのが、強化合宿の改革と担当コーチ制の復活だった。合宿ごとに「技術合宿」「基礎体力向上のための合宿」「追い込み合宿」などとテーマを決め、また軽量級や重量級が分かれて合宿を行なうこともあった。

 担当コーチ制によって、コーチが選手の所属先に顔を出し、指導する。そうすることで選手の所属先とも良好な関係が築け、連携した動きが生まれてくる。

 またオーバーワークを避けるために、世界選手権に出場した選手には、講道館杯の欠場を許可した。前体制では、出場を義務づけて、ケガを抱えたまま出場してさらに悪化させるような不運な選手もいた。

 リオでは大会初日、男子60kg級の高藤直寿と女子48kg級の近藤亜美が悔しい銅メダルに終わった。試合後、井上は「高藤は私に『金メダルを第1号としてプレゼントする』と言ってくれていました。色は違えども、第1号のメダルを僕自身にプレゼントしてくれたことに対して、誇りに思っております」と労い、南條監督は「切り込み隊長として最低限の戦いはしてくれました」と讃えた。

 その言葉を聞いた時、日本の柔道が大きく変わったことを改めて確信した。そして大会を通じて、監督への感謝の言葉を口にする選手が相次いだ。監督を男に── そんな心意気が伝わってきていた。

 終わってみれば男女あわせてメダルの総数は12個(金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル8個)。全競技終了後、大会を総括するコメントで、井上は言葉に詰まり、涙ながらにこう4年間を振り返った。

「選手を信じること、それだけでした」

 かくして、日本柔道は復活を遂げた。

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