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【ボクシング】史上最速V。「怪物」井上尚弥が背負っているリスク (3ページ目)

  • 原功●文 text by Hara Isao 矢野森智明●写真 photo by Yanomori Tomoaki

 井上の場合は、デビュー戦から東洋太平洋ランクに名を連ねるフィリピンの国内チャンピオンを対戦相手に指名した。2戦目はタイの国内チャンピオン、3戦目は日本ライトフライ級1位、4戦目は日本チャンピオン、5戦目は東洋太平洋王座決定戦、そして6戦目が世界戦と、まったく遊びがないマッチメークといえよう。その内容と結果を考えれば、すでに井上はプロで18戦~30戦に相当する経験を積んでいると言ってもいいかもしれない。

 ただし、この強気の育成法がリスキーなのも事実。現にロンドン五輪ライト級王者ワシル・ロマチェンコ(26歳・ウクライナ)のように、昨年10月にプロデビューし、今年3月のプロ2戦目で世界戦に挑戦して敗れたケースもある。井上の戴冠試合をリングサイドで観戦した元WBC世界スーパーライト級王者の浜田剛史氏は、「5回と6回にエルナンデスの反撃を受けて苦しんだ分、貴重な経験を積めた」というが、不安も口にしている。「もしも相手が目を切って出血していなかったら、もしも相手がエルナンデスよりもタフだったら、もしも相手がエルナンデスよりもパンチ力があったら――と考えると、手放しで喜んでばかりもいられない。井上が世界の舞台でスターになりたいのであれば、なおさらのこと」と語った。同感である。

 井上はデビュー前から、「強い選手と戦っていきたい」と、大橋秀行会長にハード路線を志願したほどの男である。試合後、「具志堅(用高/元WBA世界ライトフライ級王者)さんの13度防衛を超えるのが目標」と明かしたように、慢心せず、これをスタートラインと考えているはずだ。ただ、井上がトレーナーを務める父親や大橋会長、ジムのスタッフらとエルナンデスを研究したように、今後は世界中の猛者やそのブレーンたちから井上は研究されることになる。正面から井上と渡り合うことを避け、反則ぎりぎりのラフ行為でリズムを崩そうとする選手も出てくるはずだ。この先、思わぬダメージを被(こうむ)ったり、出血に悩まされたりという苦しい試合も出てくることだろう。また、年齢を重ねるごとに減量も過酷になっていくことが予想される。

 そんな未経験の試練を、井上尚弥はどう乗り越えていくのか――。ただ、20歳の新チャンピオンは、それすらも楽しみにさせてしまうほどの逸材なのである。

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