【ボクシング】史上最速V。「怪物」井上尚弥が背負っているリスク (2ページ目)
実際の試合でも、井上のスキルはエルナンデスをはるかに凌駕していた。初回から足を使って相手の射程外に身を置き、自分は一歩踏み込んで鋭い左ジャブを当てていった。そして何度も右ストレートを的確に打ち込み、さらに最も得意とする左フックをボディから顔面へと面白いようにヒットさせた。最後に相手を仕留めた右ストレートの破壊力も、文句なしといえる。今回の勝利は偶発的な一発によるKOではなく、テクニックでもパワーでも、チャンピオンを明らかに上回る技量を見せつけた末のノックアウトという点で、高い評価を与えることができるだろう。
これまでの日本人ボクサーの戴冠試合というと、「偶然の産物」ともいえる奇襲で幸運な勝利を掴み取るケースが少なくなかった。しかし今回は、あらゆる面で相手を上回っていたといえる。小学生のときからボクシングを始め、中学時代には全国大会で優勝して優秀選手に選ばれるなど、たしかな下地があったことも忘れてはなるまい。また、試合直後のリング上で、「思い切りやり合えたので、(戦っていて)楽しかった」と話したように、勝負度胸も満点だった。
今回の試合を通して考えさせられたのは、選手の「経験」というテーマである。将来が期待されるボクサーの場合、力量が劣ると思われる相手を慎重に選択しながらマッチメークしていくケースが多い。元世界ヘビー級王者、ジョージ・フォアマン(アメリカ)の育成法はその典型で、初期のマイク・タイソン(アメリカ)も同じ道を辿っている。自信と勝つ感触を掴ませ、勢いをつけるという点では重要なことだ。課題をひとつひとつクリアするために、リスクを低く抑えるのは当然だろう。こうして時間をかけて得た経験則が、選手の血と肉になって総合的な戦力を形成するわけだ。フォアマンやタイソンだけでなく、選手の8割方はその育成方法を採っていると言ってもいい。
その一方で、井上のようなハードなマッチメークで急激に力をつけさせる育成法もある。前提条件としては、選手にしっかりした下地や体力があり、高い向上心と目的意識を持っていることなどが挙げられよう。本来ならば3~5試合かけてテストすべき課題を、1試合でクリアしなければならないのだから、必然的に相手のレベルは相応に高くなる。井上対エルナンデスのテレビ解説を務めた2012年ロンドン五輪ミドル級金メダリストの村田諒太(28歳・三迫ジム)も、同じ路線を歩んでいる。
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