【男子バレー】ウルフドッグス名古屋の山田脩造が振り返る、柳田将洋らとの切磋琢磨「どこに行っても意識していた」 (3ページ目)
【名古屋で10シーズン以上プレー】
ライバル関係は、彼のバレーを鍛えた。進学した日体大では日本代表に招集され、「俺でいいの?」と戸惑ったが、卒業前にはVリーグのほぼ全チームから声をかけられるほどになっていた。
「あまりないことらしいですね。先生たちの助言もあって、豊田合成トレフェルサ(現ウルフドッグス名古屋)に決めました。当時の自分は考えが幼稚で、電光掲示板にカタカナで名前が載るのがかっこいいとか、いろんな色が入ったユニフォームを着てみたい、みたいな感じでしたが(笑)」
しかし今や10シーズン以上、同じチームでプレーを続け、Vリーグ時代は優勝も経験している。2023年12月には230試合出場を果たし、Vリーグ栄誉賞の表彰基準に到達した。Vリーグでひとつの歴史を作った。新たに幕を開けたSVリーグのコートにも立ち続け、今シーズンも40試合以上に出場している。
そこで、最後に訊いた。
――バレーを続ける"燃料"は?
「好きっていうのが1番の原動力ですかね。どこまでいっても好きです。面白くなかった時期も『やめたい』とは思わなかったし、どれだけうまくいかなくても嫌いにはならなかった。自分を起用する選択肢がなさそうでも、なんとか入り込もうって思っています(笑)。バレーそのものは、ずっと存在し続けるので」
山田は、初恋のバレーと添い遂げる。
(後編:【ハイキュー‼×SVリーグ】山田脩造のベストゲームは"三大エース"が光る試合 ベストメンバー選びは"遊び"も意識>>)
【プロフィール】
山田脩造(やまだ・しゅうぞう)
所属:ウルフドッグス名古屋
1992年11月27日生まれ、福岡県出身。193cm・アウトサイドヒッター。姉の影響で小学3年からバレーを始める。中学1年でJOCの福岡県代表に選ばれ、福岡大大濠高校でも2年時に春高バレーに出場するなど活躍。柳田将洋(東京グレートベアーズ)らとともに"平成の三羽烏"と呼ばれた。日本体育大学時代の2013年に日本代表に初選出され、卒業後の2015年に豊田合成トレフェルサ(現ウルフドッグス名古屋)に入団した。
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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