錦織圭の突然の申し出に地元コーチは冷や汗 「圭にケガをさせたら俺もスクールも吹っ飛ぶ」 (2ページ目)
【『俺を見ろ!』タイプではない】
そのことを尋ねると、細木コーチは次のように読み解いた。
「ここでの圭は、みんな小さい頃からずっと一緒にいる間柄なので、素の自分を出せる。でも、『修造チャレンジ』などだと、ちょっと雰囲気が違うじゃないですか。全国からトップジュニアが集まる場所なので、特に最初はどうしても緊張感があると思うんです。
圭はそれまで、そういう場の経験がなかった。本当に上から押さえられることも、閉じ込められることもない環境で育った田舎の子なので、急に全国合宿に呼ばれ、みんなが背筋を伸ばして座ってみたいになった時に、自分が出せなくなったんだと思います。
あと、初めてここに来た時もそうだったんですが、圭は何をするにしても、先頭に立って『俺を見ろ!』というタイプではないんです。必ず列の2番目や3番目に並び、ほかの人がやっているのを観察してから、上手にやる。状況的に圭が一番前にいるような時でも、気がつくとスッとうしろに下がって、2〜3番目にポジションを取るんです。
そういうところがたぶん、修造さんからしてみたら積極性がないとか、自己アピールできないように映ったんでしょうね」
地元でのわんぱく坊主と、全国合宿等でのシャイな少年──。乖離(かいり)していた複数の像が、ひとつに結ばれていくようだった。
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13歳で地元を離れ、アメリカのIMGアカデミーに渡った錦織だが、ジュニア時代は帰省するたび、細木コーチの下に「練習したいので、コートを使わせてもらえますか?」と連絡が来たという。
ただ、プロになり、世界での地位が上がり、日本での知名度も爆発的に上昇するにつれ、自然と地元から足は遠のいた。当然のこととはいえ、細木コーチらもどこかでそれを、寂しく感じてもいたのだろう。
そんな郷里の英雄に、ここ数年で変化が見られ始めたという。
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