赤土の王・ナダル、最後の全仏オープン 世界中から愛されたスペイン人は、笑顔で世代交代を受け入れた
それは、いささか奇妙な光景だった。
2024年全仏オープン1回戦。3時間に及ぶ試合の間、叫び、こぶしを振り上げる15,000人の熱気で膨れ上がったセンターコートに、勝敗が決まった瞬間、ため息と小さな悲鳴が混ざりあった。勝者を称えるべきとの理性は働くが、こみ上げる寂寥感を抑えきれない......そんな人々の複雑な思いが、小雨がそぼ降り、屋根が閉ざされたセンターコートを満たしていた。
そのような戸惑いのリアクションは、勝者のアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)にしても、同様である。喜びを表出することは一切ない。ややうつむき加減にネットへと歩み寄ると、対戦相手と固く握手し、肩に手を当て、ひとつ、ふたつと言葉を交わした。
ラファエル・ナダルは1回戦で全仏を終えた photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 試合後、大会ディレクターのアメリー・モーレズモが姿を現し、敗者にコート上でスピーチをするようにうながす。
ズベレフも、観客たちも、もちろん大会関係者たちも、この時、ひとつの予感を共有していた。これが、このコートで14回トロフィーを抱いたラファエル・ナダル(スペイン)の、最後のローラン・ギャロスになるであろうことを──。
「果たして、いつコートに戻ってこられるか、わからない」
ナダルがそのようなコメントを残したのは、ちょうど一年前。その年の全仏オープン欠場を発表した時だった。19歳の誕生日直後に全仏を制したかつての若武者も37歳。昨年1月の全豪オープンで臀部を痛めたナダルは、同年6月には関節鏡視下手術を受け、以降、すべての大会を欠場した。
そうして、昨年12月──。迫りくる新年で復帰すると表明したナダルは、こうも言った。
「何がどう転じるかは、わからない。ただ、来年が最後の一年になるだろう」......と。
今年の全仏オープンが開幕するその前から、パリのファンは、熱狂的にナダルを迎え入れた。9,000人を収容するアリーナコートで行なわれた公開練習では、満員の観衆から「ラファ」コールが絶えず沸き起こり、しばし練習が中断されるほど。チケット争奪戦は苛烈を極め、コートに入れずとも同じ空間を共有したいと願ったファンたちが、世界中からパリに集った。
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著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。