大坂なおみが「ダンス」で苦手なクレーを克服 "赤土最強の女王"を追い詰めた驚異の進化
「なんでみんな、ドローのことを聞いてくるのだろう」
2022年以来2年ぶり、出産後は初となる今年の全仏オープン──。開幕3日前に対戦表が決まって以来、大坂なおみは訝(いぶか)しく思っていたという。
開幕前日の会見では、ドローに話が及びそうになると「先々のことは聞かないで」と笑っていなした。重ねて「ドローは見ていないのですね?」と確認された時、彼女の表情がすっと曇る。
「みんながドローのことを聞いてくるから、嫌な感じがしてきたわよ。オーマイゴッド、よくないドローなのね」
大坂なおみが全仏のクレーコートで舞った photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る やがて全容は知らずとも、自分がドローの上段......すなわち、第1シードのサイドにいると知る。
「イガと対戦するって訳ではないよね!」
チームスタッフたちを前にそう笑うと、周囲は沈黙に包まれた。それが、イガ......すなわち、大会第1シードにして世界1位のイガ・シフィオンテク(ポーランド)と早々に当たるのだと、大坂が予感した時だった。
シフィオンテクは、大坂にとって復帰後、最も再戦を切望した相手である。
今年2月、カタールオープン準々決勝で敗れた時には、「勝ったら次はイガだと思い、目の前の試合に集中できなかった」と悔いたほどだ。
そのような大坂の渇望の原点には、ちょうど1年前の全仏での光景があるだろう。
「妊娠していた昨年、イガがここで優勝した姿を見た。その時には、彼女と対戦すること、そのものが夢だった」
そんな1年前の「夢」を、彼女は慈しむように振り返った。
「夢=Dream」は彼女にとって、一般的な意味合いよりも、十分に実現可能な目標を指すのかもしれない。夢以上に大きな夢を、彼女は「妄想=Delusion」の言葉で言い表す。
今年1月、復帰直後の全豪オープン初戦で敗れた時、大坂はこう言った。
「私は『今大会で優勝できる』と信じていたほどの妄想家。そして妄想こそが、私がこれまで勝ててきた理由なのだ」......と。
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著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。